2026.06.29
弟子から見たショパン、ピアノ演奏芸術、ムジカノーヴァ(3冊音楽之友社)より写真は「弟子からみたショパン」45ページより
ショパンは「ピアノを弾きたいのなら「歌うように」ショパンにとっては「歌は音楽の出発、目標でもありました。「声楽」の発想です。
ピアノ技術は1つの手段以外なにものでもないのだから、この手段は音楽を通じて自己表現しなければならないです。
この意味でもショパンは同年代それ以降のピアノ教師のような演奏メカニズムを基づく教え方は、はっきりと背を向けていました。
古典派の教育を受けた世代の教師達は、いろいろな方法(数々の教則本にのっている様な)一つずつマスターすれば良いと考え、指や手や前腕など決められた位置を身につけるために生徒に練習させられ、どう体を使えばどんな音が出るか、指も自ずと訓練されていることは気がつかなかったです。
毎日長い時間をかけて指の体操のような訓練をし、チェルニーやカルクブレンナーその他の作曲家達の多数の機械的な練習曲を繰り返し弾かなければならなかったです。
当時、独立性と敏速さを発展さを発達させると考えていた多数の予備の体操器具があり、カルクブレンナーの教えの根本は、前腕や腕全体を使わず、指と手首の関節だけで弾く事でありました。
カルクブレンナーメトードはもっぱらメカニズムの練習に主に置き、ほとんど指のみ頼って手導器を用いるものであったから、ショパンには合わなく、当時のピアノ教師は、無理な練習を重ねて強制的に「指を均等」にする事をしていました。
ショパンはその逆で、もともと「不均等」なものこそ多様な響きを生み出すものとして「指が違うほどに響きも違う」ということに、ショパンの弟子に無理のある練習をせず、指の均等性「ジュ ベルレ」(真珠をちりばめたような演奏)は、試金石と言えて、それをショパンはそれを達成するには、音の規則性正しく進行に合わせて全く新しい運指法を用い、音階やアルベジオの時は、パッセージの方向にって軽く手を動かしていきます。
指の造りを利用しなければならないので、手の他の部分、つまり、手首や腕全体も使わなくてはならないです。
指は、腕全体に関わっている肩から指先まで一つにつながっている感覚というショパンがもたらした技法の大革命の根本です。
同年代の殆どの人は、指の関節のみを用いて、手首はたまにしか使わなかったので、ショパンは我慢が出来なかった。
ショパンは、貴族的でサロンのピアニストの様で、リストは雄弁で演説家で、ショパンは、「ベルカント唱法」を純化して、ピアノの演奏に使い、リストは、ベルリオーズやワーグナーというハンガリー人リストの根底にあるのは、「オーケストラの響き」です。
ショパンは、声楽に通じる流派で、オーケストラの音色に取り入れなかっです。
ショパンの作曲技法に決定的な影響を及ぼし、フランスやイギリスではピアノの性能にも進歩があり、右のペタルを踏めば弦の余韻長く響く事が出来るようになり、その為、指の方も基音を離れながら、響きが止まらないうちにその上を軽く弾ける様になっていました。
19世紀の人々は、ピアノの性能の拡がりと共に、作曲家達の作品により、ピアノテクニックが大きく前進した時でした。
弟子からショパン45ページーピアノ技法の定義、毎日の練習で「純粋な」技法を磨こうとする間違った習慣ー可能な限り美しい音を簡単に奏でて、長い音符も短い音符も弾きこなし、どんな場合でも手が鍵盤に対して最も都合の良い、つまりもっとも自然な位置を保つ事を学ぶだけで良いのである。
ピアノを習う為に、今まで試みられてきたおびただしい数の無益で退屈な訓練は、この楽器の練習には何の役にも立たぬものである。
「ピアノを弾くにはそんな訓練は何も役にも立たず、例えば散歩するに逆立ちして歩くのを習うようなものだ。練習におけるこの難しさは良い音楽、巨匠の音楽の難しさとは別のものだ。
それは実質を欠けていた難しさであり、新種のアクロバットなのである。」
まっすぐに核心を突くことであり、音楽技術の側面を容易にすることだ。「ショパン」
指のための訓練に指の技術を誇る巨匠クレメンティ、カルクブレンナー、ツェルニーが君臨して、その後継者が尾びいて、ヨーロッパにおいですら古典奏法が現代のピアノにおいて全く誤りであることがわかったのが、100年位かかっています。
古典奏法がダイナミックを求める事は無理なので、異常なメカニック訓練へと追いやられ、指や手の故障が大きな社会問題となりました。
古典奏法時代とはかなり変わり、ショパンは奏法と指使いの革命も行い、近代のピアノテクニックへの扉も大きく開きました。
指の関節(指先)だけで弾かない事がわかります。