2015.06.27
「わたしは君が代を歌いません」
こう書くと、それだけで周りじゅうから
轟々と非難の声が湧き上がってくるような気がします。
それでも、あえて話をしておきましょう。
「わたしが君が代を歌えなくなった」理由を。
それは一つの体験。小学生の時でした。
当時ガールスカウトに所属していた私は、団の活動の一つとして
日の丸掲揚、君が代斉唱を推奨するビラ配りをしていました。
一人の男性が通りがかり、私に語りかけてきました。
「子供にこんなことをさせるなんて、、、。
この旗と歌の下で、たくさんの人が死んだんやで。
僕には、君が代は歌えん。」
もう40年も前のこと。
でも、昨日のことのように覚えています。
元町の商店街のアーケードの下、薄曇りの寒い日。
顔の輪郭はぼやけているけれど、彼の目の力だけは心に灼きついている。
おじさん、幾つだったんだろう。
戦争体験者だったのかな。
その日から私は、
日の丸・君が代の負っている血の歴史について考えるようになりました。
血の染み付いた布に深々と頭をさげること
共鳴できない音楽を声高々と歌うこと
私にはそれが出来なくなりました。
こういうのを非国民というのかな。
1999年、国歌国旗を決める法律が出来る時
わたしは、新しい旗を、新しい歌を皆で決めればよいと思っていました。
例えば「ふるさと」
あの歌が国歌だったら、
わたしは誰よりも大きな声で思い切り歌うのに。
愛国心ではなく、愛郷心ならあるんだけどな。
先の大戦の責を負わない若い方々が
子供の頃から親しんだ日の丸・君が代を誇りとすること
それを否定はしません。
ただ、同時に私が君が代を歌わない、いえ、歌えないLiberté(自由)を
それを許容する寛容さが今、社会にあればと願わずにはおれません。