2016.06.17
自作の劇音楽『キュプロスの女王、ロザムンデ』からの主題による変奏曲。死の前年に作曲された。この旋律に愛着があったシューベルトは、弦楽四重奏曲イ短調13番、第2楽章にも用いている。きらめくような美しさと深い孤独とをあわせもった作品。
バリエーションは変ロ長調の優しく夢見るようなテーマに始まる。第1変奏でテーマは動きを与えられるが音量はささやくようなpp(とても弱く)に抑えられ高い透明度をあらわす。第2変奏はウィーン風のつきぬける明るさ。
しかし第3変奏では同主調の変ロ短調へ一転し、ppで押し殺したような悲痛な叫び声を上げる。平行調の変ニ長調へ開放され3度上のヘ長調がつかの間の幸せを一瞬揺らめかせるが、一気に変ロ短調の慟哭へとなだれ込む。するどい切り口と前後の変奏とのコントラストの強さが聴き手の心をえぐる。
変ニ音ひとつで見事に変ト長調に姿を変えた第4変奏はそれまでを浄化し幸福感をもたらす。長3度転調で劇的に最初の変ロ長調にもどり第5変奏は珠玉の音階で飾られるがそれは終盤に突然打ち切られる。
沈黙の後テーマが戻ってくると、それはテンポがゆっくりのためにもう最初のテーマと同じものとしては響かない。時間軸が幾重にも重なって遠い記憶に包まれるように曲を閉じる。
「自分の中には悲しい音楽しかない。」
「僕が愛を歌えば哀しみになり、哀しみを歌えば愛になるんだ。」
そう言っていたシューベルトは音楽を通して聴き手を彼の心の奥底に連れて行ってくれる。生涯よりどころのない孤独を抱えたさすらい人だった彼の悲しみの泉は、溢れても溢れても湧き出てきて生涯1200曲にものぼる作品を生み出した。
『野ばら』『魔王』『糸を紡ぐグレートヒェン』『死と乙女』『冬の旅』室内楽や交響曲の数々・・・。
その泉はあるときは現実を超えた美しさに姿をかえて、あるときは悪魔の姿をしてほとばしった。作品の中で私たちは天国に連れて行かれたかと思うと、救いようのないすさまじさに容赦なく心を突き刺される。
生前彼は社会的な野心には無頓着だったので作品は死後発見されてから出版されたものが多い。愛着があったこの即興曲の『ロザムンデ』の調べも今日こんなに広く愛されていることを彼は知らない。ひたすら創作にかけぬけた31年の短い生涯だった。