2026.06.15
ベートーヴェン作曲 ピアノ協奏曲第5番ホ長調《皇帝》 は、録音でも生でもその壮大な魅力に打ちのめされてしまいます。ピアノの強靭で美しい音色の迫力を存分に楽しむことができる名曲です。
ベートーヴェンの時代(18世紀後半〜19世紀初頭)のピアノは、成長期まっただ中。可能性を追求し、 それまでのピアノより鍵盤も増え音量も格段に上がり、表現力はますます広がっていました。ベートーヴェンも自身の求める音楽のために、その進化を強く後押しました。特に「もっと低音を!」と要求したといわれています。
当時はウィーン式アクション(軽いタッチ、反応が速い)と、イギリス式アクション(音が大きく、重厚)の二種類がありました。
《皇帝》はもちろんイギリス式アクションが使われました。その華やかで輝かしくたくましい響きが《皇帝》の魅力です。
特に、それまでの慣習だったオーケストラによる前奏をあえて省略して、いきなりピアノの技巧的なパッセージから開始される冒頭は、 新しいピアノの可能性と革新的な作曲法です。(過去のエッセイ:2025/12/29 『待ちピアノ』に詳しく書いております。ご覧ください。)
《皇帝》の魅力は強さだけではありません。ペダルが改良され、音の持続・色彩が豊かになったことにより、第2楽章のような抒情的で美しく歌うような楽章の表現も進化しました。息の長いフレーズを保ちながら、音色も溶けるように優しく演奏することができるようになりました。
ベートーヴェンといえば、強い主張の音楽と思われがちですが、このように優しく語りかけるようなうっとりする音楽にも彼の才能が表れています。
さて、数々のピアニストによって様々な解釈があるこの《皇帝》。ピアニストのミケランジェリも得意としていた一人です。
彼は “音色の錬金術師”“音の彫刻家” と呼ばれる大ピアニスト。ちょっとカッコいいイタリアの紳士です。
さて彼の《皇帝》は…
・すべての音が意識化のもと鳴らされていて、和音もトリルも音の立ち上がりがよく、極上の響き
・音があまりにも美しすぎて、ピアノがオーケストラの伴奏にまわるところも主役級になってしまう(録音なので、美しすぎてマイクが拾いすぎただけかもしれませんが…)
・冷静でテンポがゆれないのに、ロマンチックに歌わせることができる
・弱音のコントロールが神業
・高音の美しさが神業
・ペダルの扱いが神業
そのほかにもたくさんあります。私は、第3楽章が“リズム”ではなく“おおらかさ”の方を前面に出しているところに惹かれます。
ここからは蛇足。
・第2楽章から第3楽章へ移る時のホルンの事情(長~~~く伸ばすホルンの難所といわれている)にも遠慮なくテンポに忠実 、完璧主義を貫き忖度しません
・終わった時指揮者とハグはなし(クール)
・コンマスとも握手するが軽く(クール)
・なかなかアンコールに出てこない(クール)
・やっと出てきたら、指揮者は髪ボサボサなのに、ミケランジェリだけは汗を拭き、ちゃっかり髪も整えて完璧な姿で登場(クール)
ベートーヴェンが命を懸けて作ったこの曲。演奏時間も約40分、と気力体力フル稼働の大曲です。さすがのミケランジェリもへとへとのようです。彼の美学でクールを装っても、全身全霊の演奏だったことは隠せません。
内容の濃い名曲の演奏には、体力的にはもちろん精神的にもかなりの消耗を要求されます。演奏家が、作曲家の意思を全力で音楽に注ぎ込むことで、魔法のような力が生まれ、聴き手を別世界へ連れていくのです。
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