2026.06.30
『白昼夢』は、音楽と日常が静かに交差するフィクションシリーズ。
2026年6月。熊本市は梅雨空。休日なのに今日は朝からずっと雨。おや、雨音にまぎれて家で過ごすご夫妻の会話が聞こえてきましたよ。BGMと映像について話しているようです…。
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夫「このBGMすごくいいね。君のインスタの。」
妻「ほんと?映像にぴったり合うのをたくさん探したから、ほめてもらえてうれしい!」
夫「BGMって、視覚の情報をかなり左右するから大事だよなぁ。」
妻「『ベニスに死す』っていう曲いいよね。映画のBGMなんでしょ。」
夫「それ、『ベニスに死す』って曲じゃないって。マーラー作曲の交響曲 第5番 嬰ハ短調 からの 第4楽章《アダージェット》だよ。物事は勘違いで出所を見失うことがよくあるんだ。」
妻「あ、『ベニスに死す』って曲はないのかー。」
夫「もしかして『タイタニック』の曲も『タイタニック』って思ってない?あれも『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(My Heart Will Go On)』セリーヌ・ディオンの。」
妻「へへへ。間違えてた。どっちもあまりにも曲と映画がぴったりだからほかの題名がピンとこないのよ。」
夫「それは言えるね。まさに映画『ベニスに死す』の監督、ヴィスコンティはこう言ってる。“《アダージェット》を試してみて、この曲こそ画面と完璧に一体化することが分かったんだ。まるでこの映画のためにあるようだった。”と。選んだ監督はさすがだけど、曲はもちろん映画のために書かれたんじゃない。美しい彼の妻アルマのための、別れの予感を持つラブレターだった。マーラーはこういう風に使われるなんて知りもしないし、純粋に音の中に自分の魂を込めた音楽だったんだ。」
妻「へぇ~。追悼みたいな音楽だと思ってたわ。でも、なんとなく何かに別れを言ってる感じするわ。」
夫「アダージェットとは、アダージョ(遅い)の速さの短い曲のこと。映画の影響受ける前はずっと速かった。でも映画でのあえて遅いテンポで流れるBGMと、死のイメージを背負っちゃって、実際の演奏家もどんどん遅くなったんだ。ほぼ倍の演奏時間までにね。冒頭の聞こえるか聞こえないかくらい遠くから始まる弦楽器。そしてさざ波のような空間に啓示のように差し出されるハープのためらいの言葉。そこに許しと永遠を与えるコントラバスのピチカート…。ヴィスコンティの狙いは、終わらない音楽のようにかなり遅いテンポで流れる音楽が、映像に永遠の美を与えることだった…。」
妻「そんなこんなでこの曲は『ベニスに死す』のイメージになっちゃったわけね。悲しいのに何かに抱かれてるみたいだわ。」
夫「それにこの曲がすごいのは、曲が映像の中に流れた瞬間に、すべてが最高の芸術に押し上げられるってことなんだ。」
妻「つまり?」
夫「映像がただの風景じゃない、特別なものに変化する。そしてセリフがほとんど無くても、俳優の背後にこの音楽が流れれば、物語の深層にあるものが暗示として聴衆に伝わる。とにかく、この音楽は、並外れたパワーを持っていて、すべてのものを美の極致にまで連れて行ってしまうんだ。映画の中では、美しい少年はそこに立っているだけで永遠の美になっちゃうし、ラストシーンの主人公は、何も語らなくても観る人の方からそこに深いメッセージを読み取る。この音楽が流れるだけで、マーラーがすべてを永遠の美に変えるんだ。」
妻「スッゴーイ。今流してみようか?」
夫「いいねー。この部屋が映画のワンシーンへ変身✨」
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6月のある日の白昼夢…。
※白昼夢はフィクションです
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