2021.06.14
リストとバッハの顔、どちらが好き?という私の質問に、「いやいや私はショパンが好きなんです。」と言った生徒さんは、きっと左側の肖像画を想像されたのでは…と思います。
私がショパンと聞いて思い浮かべるのは右側の顔です。常に眉間にシワ寄せていて、尋常ではないほどに音楽に対する情熱が強く頑固、しかも憂鬱な顔です。優しく物腰柔らかな普段の彼は、その繊細過ぎて神経質な芸術家の精神と、虚弱な身体を守るための仮の姿であって、本当の彼は音楽にも日常生活にもすべてにおいて妥協を許さない、傲慢とも言える激しさを隠し持っている人でした。
だから、ショパンの曲は華麗で美しい音に包まれていて一見きらびやかなのですが、その中には深い憂鬱や悲しみ、触れたら刺さってしまうような鋭いトゲが隠れています。しかしそれにもかかわらずその痛みに吸い寄せられてしまうのは、ひんやりとした高貴な美が、決して向こうから媚びて近づいてくることはなく、むしろ人を寄せ付けない冷たささえ湛えて輝いているからかもしれません。
有名な《子犬のワルツ》は、子犬がクルクルと自分のしっぽを追いかけている様子を描写したものですが、伝記によるとちょうどこの曲が書かれたころに彼は恋人ジョルジュ・サンドと決別しています。心はもう自分にない恋人の飼っている子犬が自分の周りで駆け回りクルクル回っている時、ショパンは何を思っていたのでしょう。同時期に書かれた作品64-2嬰ハ短調のワルツは憂鬱で孤独な曲です。
遺作の《ワルツ(イ短調)》は、他の作品に比べてシンプルですが、ショパンの憂鬱と繊細さが弾いている指からキラキラとこぼれ落ちそうです。教室の生徒さんを一気に大人の世界へ引っ張り上げてくれる曲なので、レッスンでも使います。アルペジオ(分散和音)で駆け上がるところは即興的で、憂鬱を彩るように輝きます。訴えるように激しく弾いても、ささやくように細やかに弾いても、そのパッセージが聴き手に語りかける優しく哀しみに満ちた憂鬱は指を通して心の奥深くにまで沁みとおります。
《バラード第4番》はショパンの憂鬱の真髄が柔らかな衣を脱ぎ捨てて襲いかかります。202小節目、彼にしては本当に珍しいfff(強いという表現を三つ重ねている)の指示。次にpp(弱いという表現を二つ重ねて)長く立ち止まって何かを決意したかと思うと、211小節目から最後までセキを切ったような怒涛の音楽。愛を求める気持ちも人一倍強いのに、それを失うときにはプライドの高さゆえに潔く手放してしまう頑固な彼。腹をくくって投身する潔さと、全体を覆う憂鬱の究極の美とが壮絶に駆けめぐるこの曲は、恋人ジョルジュ・サンドと過ごした激しい愛の日々に書かれた傑作です。
憂鬱を最高美へと昇華したショパン。眉間にしわを寄せていて少し怖いけれどきっととても魅力的な方…。一度会ってみたいです。
意外と知らない作曲家の顔②
熊本市東区健軍HEART PIANO ハートピアノ教室