2014.06.16
彼女は、再来日したその日、
破壊された東京の街をみながら、体験したことのない悲しみと怒り、そして、両親の住む故郷にようやく帰ってきたきたという安堵感。それらの入り交じった複雑な思いに襲われたといいます。
ベアテ・シロタ・ゴードンさん。
彼女こそ、
日本国憲法第24条「女性の権利」の執筆者であり、また戦後はアジア・ソサエティの一員として、広くアメリカにアジアの文化を広めた立役者でした。
ベアテの父君はレオ・シロタ氏。
山田耕筰の招聘により来日した天才ピアニストで東京音楽学校(現東京芸術大学)で教鞭をとっていたとか。
ユーチューブに彼の貴重な音源があがっていました。
http://www.youtube.com/watch?v=FBfXqHO7r4w
第一音から惹き付けられました。
心に染みてくる音色。
これを聞けば、シロタ氏がどのような方であったか自然と察せられてきます。
ベアテさんは、その父君とともに5歳で来日。
子供時代を日本で過ごした後米国へ留学。その留学中に第2次大戦となるも(両親はそのまま日本に滞在)、戦後すぐGHQの職員として再び日本の土を踏んだと言います。
ですから、ベアテさんにとって日本は、
子供時代を過ごし、さらに両親の住む、まさに故郷以外の何ものでもなかったようです。
そのベアテさんが言っておられます。
「新しい憲法には、不幸な歴史を背負った日本の女性を幸せにする条項をしっかり書き込んでおかなければならない(略)、、、今こそが、長年の封建制支配で染みこんだ男尊女卑の観念を打ち破るチャンスだと思いました。」
これは、何もベアテさんだけの願いではありませんでした。
日本国内には、すでに戦前から
市川房枝氏を筆頭に、
女性の権利を獲得すべく粘り強く活動してきた女性達がいたわけです。
その土壌の上に、ベアテさんが日本女性の願いに共鳴して
日本国憲法第24条「女性の権利」を執筆したわけです。
法律は武器です。
この法律のもと、どれほど日本女性が、当然持つべき権利を獲得してこられたことか。
ここで、私はベアテ・シロタ・ゴードン氏に感謝の念を示しておきたいと思います。