2022.03.13
人生の最後に何を食べたいですか?
という質問を聞いたことがあります。
今までの人生でもっとも懐かしい味、記憶に刻みついている幸せな時間に想いを巡らせる素敵な質問だな、と思うのです。ある人にとってはお母さんの握り飯、あるいは旅先で食べた絶品のパン、あるいはパートナーとよく行った焼き鳥、なんて人もいるかもしれませんね。
でも、先日父を看取って思ったのです。
人生の最後にしっかりとお食事ができる方って、そう多くはないんじゃないのかしら?て。食事が取れなくなり、お話も難しくなり、やがて瞼がとじ、最後に息ををひきとる。だとしたら、人生の最期に見たいたいもの、人生の最後に聞きたいもの、そんな会話をしておくのも良いかもしれません。
昔、祖父の闘病が長引いていた春のひと日、見舞いの父が満開の桜を手折って持っていったことがありました。まあ、樹木を手折るなんてあまり褒められたことではないですね。でもあれは、くすんだ白壁の病室に閉居長い祖父への、父の想いだったのだと今は分かります。
父と最後の時間を過ごした時、その時には父はもう言葉は出なくなっていたのですが、父と音楽を聞きました。一緒に聴きながら、そのとき確かに父の感情が大きく動くのがわかって、私の感情も大きく揺さぶられました。
命の存在感、音楽の力。世界はこんなにも美しいものに溢れていたんだと、熱い想いが込み上げました。
戦火のなか、理不尽に人の命が断ち切られるような世界であってはならない、と心から願います。