2026.09.30
☆ノーノ☆
ルイジ・ノーノ(Luigi Nono, 1924年1月29日 - 1990年5月8日)は、イタリアのヴェネツィアの作曲家。
歌詞を自分でも歌いながら、その意味に共感してパワーをもらうのがポップス音楽だとすると、楽器や音色の組み合わせ方によって体感したこともない異空間にいざなわれ、想像の世界に飛んでいくのがクラシック音楽、という側面があるかもしれません。
そのクラシック音楽というカテゴリーの中でも、もっとも難解な【前衛音楽】が今日ご紹介する曲です。
ルイジ・ノーノ(Luigi Nono)という作曲家の知名度は低いと思われます。
イタリア出身で、同じく作曲家のブーレーズ、シュトックハウゼンと並ぶ、20世紀後半の前衛音楽をけん引した作曲家の一人です。彼らの作るいわゆる【前衛音楽】には、美しいメロディや心地よいリズムはなく、不協和音と緊張感のある挑戦的な音の洪水とでできています。【前衛音楽】なんてわけが分からないと感じるのは無理もありません。
ノーノの代表作のひとつは『力と光の波のように』という、ソプラノ、ピアノ、オーケストラ、そしてテープ(現在ではデジタル音源)からなる作品です。この曲は、チリの革命家、ルチアーノ・クルスの死を悼んで書かれました。 ノーノ自身の社会への不信感と、音楽を通してそれに立ち向かう姿勢とがリンクしています。
ソプラノのソリストが「ルシアーノ!」と亡くなった革命家の名前を痛切に歌います。そして“この大地の荒れ狂う風の中で”“生きるための光となって”などその死を悼む言葉が続きます。
ハープから聞こえてくるのは優雅な天上の調べではなく、エレキギターのような聴く人に突き刺さるような意図的な音。現代ではエフェクターで作っているこの音は、普段はかっこいいはずのエレキ風の音が、この世の終わりのように不気味に響きます。
更にこの作品で最も面白いのは、ピアノの扱われ方です。
演奏会場では、一般のピアノ協奏曲のようにピアノは舞台中央に置かれてはいますが、それとは全く違った役割を持って奏されます。
聴こえてくるのは、チャイコフスキーやショパンの曲のように、ピアノが華麗な主役を奏でるような美しい音色ではなく、最低音を打楽器のように使用する音の塊の連打。時には手のひらで鍵盤をたたき続ける奏法も見られ、オーケストラと共に摩訶不思議な世界が立ちのぼります。ピアノは主役として輝くのではなく、混とんの渦に巻き込まれて巨大な音楽という伽藍の歯車の一部と化していきます。
そこへ、生の楽器演奏に混入させるように、あらかじめ録音したソプラノの歌声、叫び、合唱のざわめきなどを加工したものが同時に流れてきます。
音にははっきりとしたフォルムはなく、なんの音なのかも定かではなく、そこから浮かび上がってくるのは、社会のひずみの中での悲痛な声そのものを表すかたまりのようです。
そのさまざまな音の中にいると、まるで映画の中に引きずり込まれたような臨場感と緊張感があたりを包みます。
苦悩の感情を、画家は絵で表現し、小説家は文章で表し、ノーノのような作曲家は私たちに聞こえるように音楽にしてくれます。
聴いていると苦しくなってしまう音楽ですが、この感覚は日常生活の中では感じにくいけれど、確かに私たちの中に存在する感覚のような気がしてきます。分かりやすいメロディーや、うっとりするような美しさはなくても“音そのもの”が私たちに語りかけてくるのです。
理解しようと思わず、自分が映画の主人公になったつもりでただ没入して聞いてみると、その叫びのような世界観を感じ取ることができるかもしれません。
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2026.01.31 ☆気ままに、音楽あいうえお☆ 「ね」 ねこふんじゃった
こちらへ。なにぬねの、今回のひとつ前の「ね」。
読みやすい文章となっております。
☆気ままに、音楽あいうえお☆は、五十音順で音楽のあれこれをご紹介している連載企画。次回は「は」
ではお楽しみに☆☆
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