2026.04.30
『シシリェンヌ』とは、シチリア風の曲という意味です。ゆったりとした速さで、何とも言えない物悲しさをまとっているのが特徴です。
この曲に私が惹かれる理由の一つに、 f (フォルテ) の使い方の絶妙さがあります。
f (フォルテ) は“強く”と習うことが多いですが、大きい音、という感覚だけでは音楽的ニュアンスがとらえにくいかもしれません。“音楽のエネルギーが大きい”に置き換えると音を出すときに気持ちとつながりやすくなります。
例えば「強く愛している」の“強い”。心の底からあふれ出る強く大きなエネルギーを持ったこの思いを f (フォルテ) だ、と感じるとしっくりきます。
『シシリェンヌ』の盛り上がりの部分は ff 。 まずピアノが5連符(一つのカウントに5個の音符を入れる)を低音で何度も押し出すと、その波に飲み込まれまいとあらがう小舟のように、ヴァイオリンが冒頭のメロディーを奏でます。
そしてクライマックスでは、ソロのヴァイオリンと、背後で目立たないように音を刻みながらコードを辿っているチェロ、カルテットのヴァイオリンとヴィオラ、そしてピアノがみな違うリズムを刻むことで、カオスのようなff (フォルティッシモ/ 強い思いが f よりももっと増幅される) へ一気に流れ込んでいきます。
その音楽は聴く人の深層心理の中の記憶までも揺り動かし、聴衆は大海原に振り落とされて、あてもなく流されていくようです。
怒涛の ff を越えると、ふと立ち止まるソロヴァイオリン。 f (フォルテ)で孤高の高い一音を震わせながら響かせ続けます。
穏やかな美しいピアノの上で3回繰り返されるソロヴァイオリンの
♯ドシ♯ド ♯ドシ♯ド ♯ドシ♯ド
ここの強弱記号は
1回目 f → 2回目 moins f → 3回目 moins f
moins はlessまたはmeno。
つまり、強くなく。
弱く、ではなく「強くなく演奏して」という指示が作曲者の求める音楽表現です。強い思いを保ったままで音量だけ落とす、ということです。
ここで音量が落ちることで、反対にその思いは強くなります。
あまりにも悲しすぎて、声を出さずに泣くときのような。
声にならない慟哭のように。
更にそこへ、研ぎ澄まされたテクニックによって絶妙な弦の震えがプラスされ、♯ドシ♯ドは1回ごとに音色が変えられます。
美しく悲しい、弱いのに強い。
そこにある “音”そのものが持つ感動。
それは私の心をつかんで離しません。
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熊本市・東区健軍ハートピアノ教室
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