2024.04.30
桶作りの『正直』という名前の工程。側板にカーブをつけて削る大事な作業のことだ。
たくさんのパーツの中に嘘(気を抜いた作業のパーツ)が混じっていると水が漏れるという意味で『正直』というのだとか。正直台という作業台で行う最も重要な作業だ。
設計図も何もない職人は、頭の中の完成されたイメージに従って『正直』に作業をすることで、木に導かれていく。その呼び方は作り手の覚悟、本物へのひたむきさを感じさせる。
我が家には、結婚祝いにいただいた飯台がある。大型と中型が一つずつ。合唱団で指揮をされている恩師の奥様がくださったものだ。
奥様は優しく朗らか。きらきらとパッチリした目が印象的な美人で、ご主人よりもすらーっと背が高い。
飯台を見る度に奥様のことを思い出す。「お嫁に行ったら必ず使うからね。子供さんが生まれたらお祝いの度にも使うわよ。」
果たしてその飯台には何度もちらし寿司がのった。子供たちが小さい頃はそうめんをどっさり作って呈した。幼い我が子は大きな飯台で泳ぐそうめんをぐるぐる箸でかき回して喜んで食べた。手巻き寿司の日も登場した。私の拙ない料理も、木の飯台に入れることによって実際よりもずっとおいしそうに見えた。
合唱団を指揮する恩師は地位や名誉とは無縁。音楽一途。それはひたすら良い音楽を目指す『正直』な音作りに現れている。
音楽にとっての『正直』はぶれない音作り、そして細部にまで可能な限りの情熱をつぎ込んだ音楽表現。嘘やごまかしは音に出てしまう。そういった『正直』の作業を厳しく地道につみかさねてこそ聴き終わった時に心に響く演奏になる。
普段の生活においても一切嘘のない先生を団員たちは皆慕う。奥様も『正直』な先生を心から尊敬し、同じ音楽空間にいたいと自らも歌いに来て、先生の教え子たちと気さくに交流される。
そんな素敵な奥様だったが、ある日若くして亡くなってしまった。先生のショックが尋常ではなかったのは言うまでもない。
しかし長い沈黙の後に先生は復活された。天国の奥様に見守られて、『正直』な音楽にひたむきに向かい合っておられる。
熊本市
東区健軍ハートピアノ教室