2020.12.15
ベートーヴェンが第九交響曲第四楽章で用いたシラーの《歓喜に寄す》には
“すべての人々は兄弟になる”
“幾百万の人々よ、この口づけを全世界へ”
“この星空の上に神が住んでいるに違いない”
といった壮大なテーマで書かれています。私たちも第九を聴くときは人類愛や世界平和を感じながら、あの有名なメロディーを聴きます。
この交響曲がベートーヴェンの若い頃から約40年にわたって温められ構想を練られた後に1824年についに完成したことは有名です。様々なものから得られたインスピレーションをもとに、あの壮大な交響曲は作り上げられました。
その『歓喜の歌』のメロディーは1808年に発表された『合唱幻想曲』にも同じものが使われています。オーケストラと合唱、ピアノのための曲なのですが、その歌詞には平和、歓喜、魔法、崇高な芸術、神の恩寵、といった言葉が散りばめられ、第九のカット版くらいのサイズで、ピアノコンチェルト第5番《皇帝》を両方楽しめるような曲です。
そして第九のメロディーはさらに1795年頃作曲の遺作の歌曲『愛されない男の溜息と報われた愛』へとたどり着きます。報われない愛に悩む男の泣き言を歌った曲。ベートーヴェンがモテたかモテなかったかは分かりませんが、少なくとも彼の恋は身分違いで、彼自身の問題を別にして最初から実る可能性の低い状況にあったようです。聴覚の病気と闘いながら音楽家としての人生を全うした彼ですが、女性の愛を求める普通の男性の一面は当然ありました。
“私以外のものはみんな愛されているのにどうして自分には花嫁もいないのですか?”
“君とキスできたらなぁ”
といったシラーの全世界的な詩とはまるで違う次元の恋の歌。まるでモーツァルトのオペラ『魔笛』のパパゲーノのよう。しかし第九交響曲の『歓喜の歌』と同じメロディーです。
ベートーヴェンは作曲の際、いきなり全体を書くのではなく、普段から頭に浮かんだ音楽の断片を書き留めるようスケッチ帳を持ち歩いていました。いわゆるネタ帳です。若いころから書きためたスケッチ帳は引っ越しの際も大事に持ち運ばれました。新たな発想に行き詰まると、彼はスケッチ帳をめくりました。それはいつの時代の発案かは関係なく、かなり前の発想の断片でもいったんいけると思えばそれをもとに様々に試行錯誤を重ね、納得のいく形に練り上げていきました。そういういきさつからも、同じモチーフから数曲の似たような曲が生まれたり、また意図として同じ断片から全く違う性格の曲が生まれました。
しかしあの全世界の平和を歌い上げた『歓喜の歌』の有名なメロディーのもともとの形が『愛されない男の溜息と報われた愛』からきているなんて意外ですね。楽聖ベートーヴェンも恋し愛を求める男性だったんですね…。
熊本市東区健軍
HEART PIANO ハートピアノ教室