2016.12.02
ピアノを普通に習う場合、教本のほとんどがクラシック音楽を基本にしています。
クラシック音楽が大好きな人はいいのですが、そうでもない人の場合
退屈に感じることもあるでしょう。
また、ある程度弾けるようになると、同じような練習曲ばかりに
嫌気がさしたりする倦怠期がやってくる事があると思います。
バッハが嫌いな子、ツェルニーが嫌いな子、きっかけは様々。。。
クラシックという言葉を辞書で調べると「古典」とあります。
では、そうした昔の時代を考えてみましょう。
当時は車もなく、電気や電話もない、便利な今の暮らしとは
全く異なる世界だったと想像出来ます。
そういった時代、おそらく人々の時間はゆっくりと流れていたことでしょう。
日の光や風の音、川のせせらぎや水の色の移ろい…
こうした身近な日常の中にある自然の美しさを、
人々は大切にしながら、その中に喜びや悲しさ、
生命の息吹が繰り返されることを見出していたのだと思います。
このように、身近に感じる自然や湧き上がる感情を音にして
時代と共に発展した音楽ではないでしょうか。
表現の自由な今とは違い、気品溢れる上品さ、美しさを求めた時代。
精神的内面の美しさまでをも求めた時代だと考えると、
当時の表現には随分制限があり堅苦しく感じるのは当然でしょう。
同じ「音楽」と言っても、クラシックを基準とする「音楽」と
ドラムでビートを刻む「(現代の)音楽」とを比べると、一目瞭然。
「静」と「動」の対局するものです。
音楽と書いて、「音を楽しむ」と言われますが
「愉しむ」とも表すことができます。
似たような意味合いですが、ニュアンスが違いますね。
時代が変わるとその概念も大きく違うものです。
停滞期に陥っている生徒の大半は
クラシックがつまらないといった理由だけでなく
もっと有名な曲を弾きたい!という気持ちから
きてる場合の方が多いと思います。
もちろん、部活動や友達や他の魅力的な事に
気持ちが動いてしまっている事もあるでしょう。
魂の美までを追求する芸術としての音楽。
時代はどんなに変わっても、宇宙や自然の営みは
そんなには変わっていないのだと思います。
時代を遡ってみても、過去の偉人達も同じ空を見上げていた事でしょう。
心からピュアな気持ちになって
自然の美しさに向き合ってみてはいかがでしょう。
美しい事に気付くことで、退屈なんかではなく、
音楽の見方がまた一つ変わるかもしれませんよ。
停滞期から抜け出せるひとつのヒントになるといいですね。