2025.08.04
ワタナベミュージックラボの副社長だった渡邊勝子さんのお別れ会の音楽葬へ行ってきました。
勝子さんの若い頃の写真もたくさんあり、懐かしさを覚えると共に、もう会えないという寂しさを感じました。
私が音大を卒業して就職したのが、ワタナベミュージックラボの前身の旧ワタナベ楽器店でした。
就職といっても、普通の就職とは少し違い、ヤマハ音楽教室の講師として、それと、ワタナベ楽器のピアノ科の講師として、お世話になりました。
その頃の勝子さんは楽器店の経理をされていて店の裏手の事務室にいつもおられたので、私はいつもそこへまず顔を出して、“奥さん”と話をしてからレッスン室へ上がっていました。
いつもファッショナブルな人でしたので、オシャレの話をよくしました。
自分で言うのも何ですが、目をかけてもらっていたと思っています。
数々の演奏会に出演させて頂き、一緒にドライブや食事に行き、世間の波にのまれそうになる私を支えてもらい応援してもらいました。
勝子さんは、その後、一番したかった仕事であるイベント企画で手腕を発揮されるようになり、晩年は市民ミュージカルの作成を長年されておられました。
末期癌を宣告されてからも、積極的に前向きに生きて、娘の朋子社長と共に、大満足の最期を迎えられました。
女傑の死は悲しいけど、受けた御恩に恥じないように、これからも私らしく音楽の道を邁進したいと改めて強く思いました。