2022.08.07
今教室として使っているレッスン室は、かつて私の練習室として父親が増築してくれたものだ。私が小学校高学年の時、同じく音楽で生計を立てていた祖父がグランドピアノを買ってくれた。離れて暮らしているので、どういう経緯で購入までの話が進んだかわからないが、学校から帰ったある時それまではがらんとしていた練習室に、それはそれはでっかいグランドピアノがドカンと置かれていた。10畳足らずの部屋にヤマハC6と呼ばれるサイズのピアノは、本当に大きくて感じてしまうのだ。この時代はまだ、象牙の鍵盤を特注することができた。祖父は戦前生まれで邦楽の演奏家だったので、私がピアノを習っていることを心から応援してくれていたのだと思う。そっと蓋を開け鍵盤を見たら、少しアイボリーがかった、今まで見たことのない色をしている。象牙の鍵盤だった。触ってみると、ツルツルではなくサラサラといった感じで、自分の指先の指紋と象の牙の微かな模様の凹凸が絶妙に噛み合っている感じがした。音色は家中から近所中にまで響き渡る様なパワフルさで、ピアノという物体よりクジラみたく巨大な生き物に触れている感じがする。そんな事を思いながら、鍵盤を押すたびにピョコピョコ上がるハンマー眺めたり、金色に光るピアノ線を目で追ったり、当時発表会で弾いたばかりだったバッハのイタリアン協奏曲を弾いたりしていた。もう35年も昔のことだけど、この日のこの楽器との出会いを今でもよく覚えている。
時と共に象牙は深いアイボリーに変色し、重たかった鍵盤はハンマーの劣化の影響か少しずつ軽くなり、音色は、、、不思議なことに年々ピュアな透明感を増していく様に感じている。生徒さんには「仕上げのピアノ」として、曲が完成した時のお披露目用として使ってもらっている。ずっとずっと一緒にいたいと思っている。