2021.10.20
連日ショパン国際ピアノコンクールをYouTubeで観ています。
このコロナ禍で、小さな演奏会でさえ自粛される中、様々な感染対策がされコンクールが開催されること、コロナ収束の一筋の光が見えたような気持ちになります。
1次予選、2次予選、3次予選、本選(ファイナル)と観ていますが、本選には日本人2人が残っています。
現在ファイナルまで来ており、ピアノコンチェルトの美しさを改めて知り、手に汗握りながら鑑賞し、連日寝不足と家事がはかどらない毎日を送っています笑。
予選から観ていますが、どの方もピアニストとして活躍している方なので、本当に素晴らしいです。
私はピアニストではないので、一曲舞台に上げるのにだって半年から一年かけ研究し、あらゆる対策をして本番に臨むのに、1つの予選ごとに何曲も1つの舞台に上げ、その場で出し切るというのは、私達が想像できないほどの血のにじむような努力が隠れているのかと思います。
そしてその強靭な精神力、しかし精神力というより、その大舞台でもぶれないような努力があってこそなんだと思います。
しかし、やはり同じ人間とは思えないほどの強さを感じます。
自分も含め、演奏会を振り返る時、その日のコンディションや、緊張、練習の質や量のせいにして振り返り、反省することがありますが、このコンクールを聴いて、言い方は良くありませんが、それは言い訳なんだと痛感しました。
ショパンという作曲家は自分にとっても、最もたくさん触れてきた作曲家ですし、生徒にもよく勧めます。
ショパンを演奏する時、よく師匠にはショパンコンクールでも通用する演奏をするようにと言われてきました。
改めてコンクールを聴いてみて、ショパンという作曲家の作品一つ一つの魅力と、ピアノという楽器の演奏表現の可能性を感じました。
そして自分の視野の狭さを思い知りました。
音色、細かい音の弾き方や、歌いまわし、調性、強さ、フレーズ、呼吸、ダイナミクスレンジ、身体の使い方…
こんな単純な言葉では言い尽くせませんが、様々な演奏や解釈があり、似たような傾向にある人はいても同じ解釈や演奏の人はいません。
そして、とても良いなと思ってもそれが評価されない場合もあるのがコンクールです。
ショパンコンクールといえば、過去に優勝したピアニストは別格な気がします。
ブーニンやユンディ・リは、本県にもリサイタルできており、実際に演奏会に行っていますが、やはり心に残っています。
また、このコンクールでは、主にスタインウェイ、ヤマハ、カワイで演奏されます。
圧倒的にスタインウェイが多いのですが、シゲルカワイEXが出てくると嬉しくなります。
(私の青いドレスの画像はシゲルカワイEXを弾いています)
あと数日になりますが、勉強しながら、少し結果の予想もして楽しみたいと思います。