2026.03.26
昨日はお教室がお休みだったので
母と一緒に、妹が出展している「院展」を観に行ってきました
日本橋のデパートの催事場での開催ということもあって
お買い物ついでに立ち寄ったのかなという方や
外国人観光客の姿も多く
スマートフォンで作品を撮影したり
お友達同士で感想を語り合ったりと
とてもにぎやかで
お祭のような雰囲気でした
妹がこうして作品を出していることは知っているけれど
一緒に暮らさなくなってもう何十年も経っているので
その制作の過程や、どんな思いで描いているのか――
いわゆる努力や苦労のような部分は、実はよくわかっていません
それに
私は音楽の人間なので
日本画のことも詳しいわけではなく
「この線がどう」とか「この技法がどう」といった見方は
ほとんどできません
だから会場では、ただ一人の“観る人”として、作品の前に立っていました
けれどその一方で
「ここにこの絵を出している人が妹なんだ」と思うと
応援したい気持ちも湧いてきます
よくわからないまま観ている自分と
応援したいと思っている自分
そのあいだに、静かに立っているような感覚でした
作品そのものを語ることはできなくても
ここに並ぶまでの時間や積み重ねがあったのだろうということは
なんとなく知っています
音楽でも同じですが
ステージや発表の場に立っている“その瞬間”だけが全てではなくて
そこに至るまでの時間の積み重ねが
やっぱり何より大きいのだと思います
帰り道、母とそんな話をしながら
少しあたたかい気持ちになりました
そして
帰宅してから
この文章をお教室のトピックスに載せてもいいか妹に確認しようと思い
会場で撮った作品の写真を送ってみました
すると返ってきたのは――
「これからお客さんが来るから」と
一部だけを切り取った写真
なるほど!チラ見せ!!
そういうところも含めて、“作品を届ける側”なんだなあと、妙に納得してしまいました