2019.01.09
年明けに全国大会があり
◯くんのお母様と
コンクールについて語り合いました。
「全国大会は別世界」
ということ。
本人の意識もそうですが、親のバックアップが違います。
🌠グランドピアノの必要性
🌠親が環境を作ること
◯くんのお父様も前向きにお考えいただき有難い限りです。
深い話になると
「うちは音大を目指しているわけではないので」
とお返事がきます。
我が家の娘が中学生ぐらいから
休日は10時間練習をしている話をしても
「うちは音大を目指しているわけではないので」
我が家の娘も音大を目指しているから練習をしていたわけではありません。
そんな風に思ったことは一度もありません。
先生から出される課題を精一杯やっていただけです。
全国大会に行く人は音大を目指しているレベル以上だと私は思っています。
子供の将来はどうなるか解りません。
興味のあることができて違う方向に行くかもしれません。
あれだけやっていた練習をピタリと止めてしまうことだってあります。
どうなるか解らない未来ですが
その未来に対して投資してあげることができるか。
見返りなんか期待している親はいません。
そういう人が集まるのが全国です。
ピアノ教室で、幼稚園の中で、小学校の中で、中学校の中で
「あの子上手ね✨」と言われても狭い囲いの中です。
先生、こんなに頑張っているんですよ✊
自分最高水準✊
でもそれは、自分枠。
受験で言うと、「こんなに頑張った」と言っても
その受験する学校の合格水準に値しなければ合格しません。
自分基準ではダメなのです。
「こんなに勉強したから、こんなに練習したから」
それも自分基準。高い水準の人はもっとやっています。
そして「入賞🏆」とかではなく
予選の課題曲をどれだけ好きでいますか?
どれだけ素敵に弾こうと思って練習していますか?
ワルツってどんなん?
美しいって?
ソナチネってなんなん?
雨の日の噴水⛲って?
「優しい」って?
「バラード」って?
題名の意味 考えたことあるかしら?
楽譜にのめり込んでいるとはまだ感じません。
分かりやすく言うと
素晴らしい俳優さんは その俳優さんではなく
役の人にしか見えなくなります。
ハノンを弾いても、バッハを弾いても、ショパンを弾いても 同じようになっていませんか?
「他の習い事があって」
「熱があって」
できない人はできない理由を探しますが
ステージの上では その場の勝負です。
言い訳は通用しません。
まず もっともっと曲にのめり込まないと。
何をやるにも「やり抜く気持ち」
賞🏆ではなく
もっと基本的なこと。
「誰よりも素敵に弾きたい」
大事なのはそこです。