2014.12.06
お気に入りの珈琲豆屋さんがあります。
家から歩いて5分くらいかな。
目が覚めるほど美味しいというのではないけれど
、私好みの穏やかな苦みの炭煎り焙煎の珈琲で、こざっぱりとした人の良さそうな
小父さんが商っていて、さて、2ヶ月に一回くらいでしょうか。
さしたる話をするでもないけれど、豆が切れれば買いにいくというような緩やかな関係が何年も続いています。
今日も久しぶりに伺うと
「えーと、お名前は何でしたっけ?
いや、お客さんの名前を覚えようと思いながらなかなか覚えられんで」
とか仰りながらタオルくれました。
年末ですからね。
嬉しくなって
「いや~、おっちゃんとこも豆の値段あがって大変でしょう?」
「大変たいへん。そやけど、わざわざ買いに来てくれてんのに、
値上げでけへんから」て。
こういうのを
デフレマインドって言うんでしょうか?
私は違うと思いますね。
顔見知りのお客さんに喜んでもらおうと、ちょっと無理してでも
価格を抑えて丁寧な商いをする。
むしろ商い(経済)、いえ人の道の基本だと思います。 最近は経済にも二種類あるようで生活の感覚と、金の回り方が乖離しているように感じます。
安倍晋三氏が進めている金融政策、これは
トリクルダウンと言うそうですが。
庶民は下で待っていれば、大企業のおこぼれが落ちてくるそうです。
ホントウカナ?資本主義社会と言うのは結局は
弱肉強食の世界。
野放しにすれば肉食獣(大企業)が勝つのは自明の理。
自然界の方がもう少しましで、自分の生存以上に食らったりはしないようですが
肥大した成長欲にかられた現代社会におこぼれはやってくるのかな?
資本主義社会に敗者が生まれるのは当然の帰結であるにも関わらず
昨今は、
敗者を自己責任として切り捨てる風潮を感じて怖くなります。
資本主義社会で生きている限り、誰かが必然的に敗者になる。
それは私かも知れないし、あなたかも知れない。
誰でもが敗者になりうる社会。
であれば、資本主義社会を選んだ国が、社会福祉を保障するのは欠かせない義務
だと思うのですよ。
今、新しい経済(世界)の容を模索している学者が沢山居ます。
私達も一緒に考えてみようじゃないですか。