2014.09.27
大阪十三に、第七藝術劇場と言うかっこいい映画館があります。
「映画は7番目の芸術である」と言うコンセプトに基づいて、商業主義の世の中では上映の困難な作品なども積極的にとりあげている劇場です。
先日、こちらの劇場で リティ・パニュ監督
「消えた画(え) クメール・ルージュの真実 l'image manquante」
を見てきました。
リティ・パニュ氏はポルポト時代のカンボジアを生き抜き、フランスへと逃れたカンボジアの映画監督。これまでも、かの国の苦難の時代をとりあげたドキュメンタリーを多数制作しています。今回のは一風変わった作品で、監督自身の体験が、ポルポト時代の映像に素朴な
「土人形」を重ねて語られていました。
なぜ土人形?
残っているポルポト時代の映像は、
クメール・ルージュの
プロパガンダ用。
にこやかに笑い拍手をするポル・ポト氏とその追随者たち。
彼を迎える群衆、あるいは、規則的な労働の連続。
つまり表向きの、作られた、
嘘の映像。
そこには、監督の見た、監督の体験した
真実の映像は欠けていて、でも再現など
出来ようはずもなく、しかし監督の中には
確かに、消えること無く残っている画(え)。
それらを、死者の血の染みた土から、一人づつ呼び起こし、映像に残していく。
これは、単に記憶を辿るにとどまらず、
存在をはぎ取られ、無残に殺された人々の尊厳を、もう一度取り戻す作業でもあったと感じました。
目を背けたくなる、歴史の真実に対峙しながら
人形達を見て、
懐かしい優しい気持ちになったのは、この映像の中で監督の家族、死者達が、また失われた時代が、確かに甦ったからなのでしょう。
それにしても、人は何故これほどまでに残酷になれるのでしょうか。
人間の尊厳を取り戻すとは、どういうことなのでしょうか。
そして、これは過去の話なのでしょうか。
北朝鮮のニュース映像が
シリアの状況が
40年前のカンボジアに重なって見えます。
「消えた画(え) クメール・ルージュの真実」
公式サイト
http://www.u-picc.com/kietae/