2026.06.03
美しいお話しを読みました。
小川洋子さんの「ことり」という小説。
その終盤に「ことりの小父さん」とメジロとの心あたたまる感応が描かれるんですね。偶然庭で出会った傷ついたメジロの幼鳥。小父さんはその幼鳥を心を尽くして世話をします。世話はするけれども野鳥ですから、過度に人慣れしないように細心の注意を払いながら。メジロは傷が癒えるに従い歌い始めます。どんなメジロにも負けないような美しい囀り。誰に強制されることもない歌いたいという本能的な要求。より美しく、より繊細にという飽くなく探究心。
それを聞きつけて、男がやってきます。
このメジロを買いたい。
買ってメジロの鳴き合わせ会に出したい、出せば絶対優勝するぞ、と。
「ことりの小父さん」は半ば強引にその鳴き合わせ会、つまりコンクールに連れて行かれます。そこで見たものは、闘争心も露わに、自分のメジロを鳴かせようと、神経を昂らせる男たちの姿。「ことりの小父さん」は居た堪れなくなって、その場を離れつぶやきます。
「歌わなくていいんだ」
「どんなに美しい歌をうたったって、誰も応えてはくれない」
現代の音楽界の様相が脳裏をよぎります。
そういえばその時々の心の動きを、即興の歌で表現する少数民族がいました。日本にも男女の愛を歌で伝える歌垣という風習がありました。人も動物の一種ですからね。歌うことは自然なことだったのでしょう。
人から歌を奪っていくものは何なのか。
競争に駆り立てていくものは何なのか。
お話しは「ことりの小父さん」の最期の言葉で終わります。
「大事にしまっておきなさい。その美しい歌は」