2022.01.20
年末年始は肺炎を起こした父の入院で、落ち着かない日々を過ごしました。
戦前生まれの父はこの数年はずいぶんと草臥れ、認知も怪しい様子。
そんな折「ユマニチュード」についてのヴィデオを見ました。
この「ユマニチュード」は二人のフランス人イヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏によって編み出されたケアの哲学と技法です。
詳しい内容は下記のサイトに譲るとして
https://jhuma.org/humanitude/
ヴィデオの中では、発案者であるイヴさんが介護に悩みを抱える日本人家族のもとを訪れます。
その時の行為がとても印象的でした。
もちろんケアのテクニックもあります。環境改善のアイデアもあります。
でもそれ以上に心に残ったのが、ケアを受ける方への話しかけ、眼差しでした。
ケアを受ける方の中には言葉を出せない方もおられます。
その方の近くにより、じっと目を見て、これから行おうとしているケアを説明し、協力を求める。相手の了解が取れたらケアを始める。
この作法は当たり前のようでいて、実は当たり前じゃないかもしれません。
認知に問題がある家族を前にして、さて、これからどうしたものか。
家族や介護のスタッフで話を進めていくうちに、一番の当事者である本人の意向が取り残されている場面って、実は結構あるかも。
もちろん家族もスタッフも無視するつもりはなく、いえ、むしろ心配しているんですけどね。
ということで、今回も父が怒りました。
「なんで、(病状を)俺にちゃんと言わんのや!」と。
間違いなく認知のハンディキャップはあって、時々場所やら時間やらを見失っている父ですが、主治医曰く「明確に生きる意志を示されていますよ」と。
これは高齢者の話ではありますが、幼児へのレッスンも同じだなと思うのです。
どんなに幼くても、意志はある。その意志を無視する、管理して抑え込むような教育はしちゃいけないな、と思うのです。
もちろん、知識や経験の不足は大人が補い、アドバイスしつつではありますが。
そのバランスの見極めのできる教師でありたいなと思います。