2020.10.03
2017年に訪れたベルリン、そこでのある日を思い出しておりました。
その日は一人ホテルを出て、バスに乗ってブランデンブルグ門へ。どうしても見たいものがあったのです。門の傍のツーリスト・インフォーメーションでその所在を聞くも、私の語学力では要領を得ずすごすご退散。では自力で探すか、とブランデンブルグ通りを東へ、フンボルト大学を目指しました。
二月とはいえ天気の良いベルリンの朝、広々とした通りにはどっしりとした歴史的建造物に洒落たショップやカフェもあって、ほんの30年前まではここが東ベルリンだったとは思えない長閑さ。街のあちらこちらに突っ立っている熊のペイントアートを写真に収めながら、独り散歩の気楽さてズンズン行くと、程なくフンボルト大学へ。
古書の屋台が出ている大学玄関の門は開け放されていて、時折学生が通り過ぎていきます。入っても良いよね?自由大学だし、、、恐る恐る門をくぐってそこのベンチで一休み。小腹もすいてきたのでお弁当(前日の残りのパンとかリンゴとか)を食みながらグルリと周りを見渡します。ここがあの森鴎外も通ったと云うフンボルト大学か〜、と感慨もひとしお。一息ついたところで探し物にかかりました。
通りがかりの学生を捕まえて「モニュメントを探しているんです。ナチスの本を燃やした後の、図書館の(ほぼ単語の羅列)」。「図書館?なら、ここを入って、、、」。「いえ、違うんです。今の図書館じゃなくてナチスの記憶のモニュメントなんです」のような会話をすること二人、三人。ようやく「それなら、向かいの広場よ」と云う返事が。
でも向かいの広場って、、、そこは雑然と人が行き交うオペラハウスの裏側。とてもモニュメントがあるような雰囲気とは思えません。半信半疑ながらその場に立って見回すと、地面に半透明のガラス窓が。もしかしてコレ?
くぐもったガラスの下は夢の中のようにくすんでいて、ぼんやりとすべての本が抜き取られた書架が見えます。これはナチス時代、政権の意に沿わない書籍を焚書にした歴史を刻むモニュメント。笑いさざめく雑踏の下、気づく人もほとんどなく、それはありました。
菅首相が「日本学術会議」の推薦した新会員六名の任命を拒否した事が報じられています。政権の意に沿わない学者の口を封じる。その先に来るものは何か。
今、静かに書架から本が抜き取られている、私はそんな怖さを感じています。