2026.03.15
外は春の嵐が吹き荒れている。優しそうな顔をしているが、いつも嵐と共にやってくる。
英語で“激しい嵐”をテンペスト(tempest) と言う。
それは外を吹き荒れる嵐でもあり、内なる心の嵐でもある。
シェイクスピアの作品『テンペスト(The Tempest)』は、魔法使いの主人公 プロスペローが復讐を捨て、自分を陥れた相手を許す、という “許し” の物語。一度は魔法で大嵐(テンペスト)を起こし復讐を決行しようとした彼だが、最後は “許し” という内なる声に導かれ、魔法の杖を折り魔力をも手放す。
ピアノ弾きが必ずあこがれるベートーヴェンのピアノソナタに、『テンペスト』という副題が人を惹きつける有名な作品がある。残念ながらそれは本人によるものではない。しかも彼が弟子に「この曲を理解するためには テンペストを読め。」と言ったという逸話は、ベートーヴェンの会話帳の改ざんで有名なシンドラーの仕業と確定している。
しかし、作曲家ベートーヴェンがこの『テンペスト』を愛読したというのは事実である。それは、彼の中で “許し”という概念が大事な意味を持っていたことを示しているのではないか。作品の至る所にこの精神が刻み込まれているとすれば、彼が日常的に弟子に「テンペストを読め」と語っていたというのもあながち作り話でもないかもしれない。
プロスペローもベートーヴェンも、復讐によって心は自由にならないと知っていた。
許すことへの憧れ
許す強さへの憧れ
ベートーヴェンが不運な運命を許すことで自分を解放し、その苦しみを乗り越える力を得ていたからこそ、 あの全宇宙を包み込むような壮大な音楽は、今も “許し”を持って燦然と響き渡る。彼が音楽を信じ、ひたむきに向かい合うためには、自分に降りかかっている全ての運命を受け入れ、許す必要があった。
ピアノソナタ『テンペスト』の斬新な冒頭と、続く激しい三連符。その中を力を振り絞って懸命に進むメロディー。空間に静かなメロディーを反響させる幻想的なペダリング。正に “許し”を希求する音楽のようだ。そして後期のソナタになると、ベートーヴェンの内面はますます巨大化し、聴くものを許しその存在をすべて受け入れていく。『歓喜の歌』に至っては、彼の運命への “許し” が苦しみを乗り越えて美しさと強さを持って我々に勇気と安らぎを連れてくる。 彼が最終的に求めたのは運命に勝つことではなく、許す勇気をもって自分の魂を解放することだった。
ベートーヴェンは内なる嵐の開放へと自分を導いた。全作品に “許し” の精神が隅々にまで浸透しいるからこそ、彼の作品は全人類の心を震わせ、永遠に生き続ける。
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