2025.09.30
縄文時代の人々は『土器で自分を証明していた』とする美術界の見解があります。つまり、土器や土偶を単なる道具ではなく、自己表現としての美術作品として作っていた、ということです。
彼らは土器という造形物に精神を刻み込むことで、自らの存在を『証明』=『肯定』していました。そしてそれは、芸術活動全般に当てはまる、人間の根源的な衝動なのです。
特に燃え上がる炎をかたどった火焔型土器の激しさの中には、祭祀的な意味が見えます。 古代の祭祀で炎は神との交信手段であり、人間の根源的な願いや祈りを天に届けるものでした。
炎のまわりに人が集まり、歌い、踊る。そこを原点として、炎は人の心を吐露するための一つの手段となり、音楽や舞踏へと命を吹き込んでいきます。
同時にそれは、人の根源的なものを吐き出すときに有効なメタファーとなります。心の内側に眠る衝動や感情、記憶、欲望を、炎という象徴はそれを通して解放する力があるのです。
クラシック音楽の世界でも、炎は破壊と創造の両方を持つ精神の象徴として描かれてきました。
炎=精神の覚醒・神秘的エネルギーとするスクリャービンは、交響曲第5番《火の詩》で、炎の中に精神の光を見、音楽をその手段として捉えています。スクリャービンは神秘主義に傾倒し、”炎”を魂の浄化・意識の上昇・宇宙との合一の象徴として扱いました。
炎そのものではなく、それをメタファーとして表現したのがリヒャルト・シュトラウス作曲《サロメ》 です。 七つのヴェールの踊りでの燃え上がる美しさ、官能の炎。サロメ自身を突き動かす、炎のような理性を超えた衝動。制御不能で、すべてを焼き尽くす欲望と破滅。炎の持つ魔力と破壊性を恐ろしいまでに表現した作品です。
音楽や詩がまだ生まれていない縄文時代に、人は炎を器に刻みました。火焔型土器は、人間が”生きている自分の価値を確かめる”という『証明』を炎のかたちで吐き出した自己表現の始まりでした。
縄文人が火焔型土器に炎を形作った時、 バッハが精神の炎をフーガに吹き込む時、ダンサーが炎のように舞い踊る時。 ゴッホもフリーダ・カーロもジョルジュ・ドンも…。我々は存在と価値の証明を作品に刻み付けてきました。
人は自らそうせずにはいられないのです。
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