2025.08.31
職人技が光る、日本的な完璧な球形に広がる「和花火」とは違い、フランスの花火は、一斉にパンパンと上がり、その場全体を演出します。
フランス人作曲家ドビュッシーの《花火(Feux d’artifice)》は、前奏曲集第2巻の最後を飾る曲で、技巧・表現の両面で非常に難易度が高いとされています。
まず、楽譜を見て驚かされます。音域の広さを記譜するために、なんと五線譜が三段に重ねられているのです。「まさか、3本の腕が必要ってこと?」二刀流ならぬ三刀流というすさまじさ。いきなり冒頭から跳躍テクニック(離れた音を瞬時に弾く超絶技巧)が要求されます。
ピアノの端から端を飛び回るきらめく閃光は上段(高音域)と下段(低音域)が受け持ちます。しかもその離れた音をどんな音色で弾くか、という明確なイメージも求められます。
同時進行で、中段(中音域)には揺らめく音形も書かれていて、ホントに腕が3本欲しいくらいの難しさです!
通常は濁って聞こえやすい二度の音程(鍵盤では隣同士)が素早く左右の手で交互に連打される箇所では、火の勢いと心のざわめきが重なり合い、強烈な印象を生み出します。
流れる速い音形(ピアノを弾く人なら誰もが憧れるような)では、その中に幻想的で輝く、異世界から飛びこんできた宝石のような音が寄り添います。
どうやって弾いてよいか見当もつかない楽譜から驚きの音楽が。花火の表現にとどまらない音の操りによって、聴く人はその場の空気感、胸のざわめきや記憶の回想といった、自身の心象風景の渦の中へ吸い込まれていきます。
一方、終盤の山場で登場する、今度はff(フォルテッシモ:とても強く)で弾かれる黒鍵(右手)と白鍵(左手)の力強いグリッサンドは、花火のある空間の突然の劇的な幕切れ。
聴衆の耳をいったんリセット。(無音の瞬間が訪れる)
やがて遠くから聞こえてくるのは、フランスの祝祭日に歌われる、国歌『ラ・マルセイエーズ』…。
このタイミングでそれを出してくるところの演出の妙。静寂から浮き上がる音の空間演出が、聴く人それぞれの記憶の中の音を呼び覚ますようです。
この曲の素晴らしいさは、花火を描きながらもその場の空気感、内なるざわめき、記憶といったすべての要素を注ぎ込み、聴衆に体験させる点にあります。
そのため即興的に弾いても良さそうに見えますが、ピアニストのミシェル・ベロフは、「ア~ン、ドーゥ、トロァー、キャト~!」と数えながら拍子感を丁寧にレッスンしています。超難曲であっても作曲家の意図を細部まで汲み取り、正確に再現してこそ、多次元の魅力が立ちのぼってくるのでしょう。
熊本市
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