2024.11.15
作曲家の激しい恋愛は創作活動の原動力です。そして、我が子が誕生すればさらに創作意欲のボルテージは高まります。
大ピアニストで作曲家だったフランツ・リストと、人妻マリー・ダグー伯爵夫人は、愛を成就させるために、それまでの地位と名誉を捨ててスイスへ逃避行します。大自然の中で愛を育んだ2人の間には、やがてブランディーヌ、ダニエル、コジマという3人の子供が産まれます。
この幸福の時、リストは後に《巡礼の年第1年スイス》としてまとめられるたくさんの曲を生み出しました。第9番「ジュネーヴの鐘」の初期稿は長女ブランディーヌに捧げられています。“私は自らのなかに生きるのではなく、私を包み込んでくれるものの一部になる”という、イギリスの詩人バイロンの言葉が添えられています。
曲は遠くの小さな鐘の音で静かに始まります。と、突然はっとするような不協和音。大きな鐘の音が響き渡り、目の前にスイスの雄大な山々が一瞬にして姿を現します。
リストのありったけの愛が燃え上がるように、曲は次第に熱を帯びていきます。やがて世界中に自分の幸せを高らかに歌い上げるように、大音量が鳴り響きます。
終曲部は、また鐘が遠くなり消えていくように閉じられますが、最後の音がなくなってもそれはいつまでも耳の奥で響き続けます。
音楽で表現された大いなる愛と大自然に完全に打ちのめされて、しばらくはその世界から抜け出すことができないほど、リストは聴き手の心をつかんで離しません。
華々しい演奏家としての生活を捨てて、静かに暮らすリスト家族の大切な小さな幸せが、スイスの自然の大きさと対比されることで、そのかけがえのなさ、愛する我が子の小さな命の尊さが浮き彫りになります。
さて、そのリストの娘ブランディーヌは、長生きだったリストよりも先に若くして亡くなりました。
自分が捧げた作品を持って、先に天国に行ってしまった娘へのリストの悲しみは、いかばかりだったでしょう。
熊本市
東区健軍ハートピアノ教室