2022.02.28
シューベルト作曲
【漁師の愛の喜び Des Fischers Liebesglück D 933 】
詩/カール・ゴットフリード・フォン・ライトナー
星と霧に包まれた夜、湖に舟を浮かべて恋人と時間を共にする漁師。幸せなシチュエーションの歌のはずなのに、切ない音楽が付けられています。
歌詞をよく読むと、漁師を誘っている恋人の部屋の明かりは青白く光っていて、その光はIrrlicht(鬼火、火の玉)のようにgaukelt(ひらひらと舞う、幻惑する)とあります。
更に漁師はgrüße den hellen(明るく挨拶する)Gespiegelten Strahl(湖に映っている光)に。これは恋人の家の手前でひらひらしている火の玉に挨拶する、ということでしょうか?Gespiegelten(映っている)と似ている言葉Gespenst(=ghost)も連想させます。
weinen und lächeln(涙の微笑み)Erde schon oben(確かにこの世の高いところ)Schon drüben zu sein(確かに向こう側の世界にある)meinen enthoben(私の安息)と言った言葉で締めくくられます。
メロディーは最初2度(隣り合った近い音程)の動きで揺れるだけなのに、同じ形が後半では8度(1オクターブ)で激しくはね上がります。せきを切ったようにあふれる想いがふっと長調の明るい和音に変わるとBlaßstrahlig(青白い光)が生きている者を違う所へ連れていきそうです。
漁師は現実の恋人と別の世界へ入って行ってしまったのか、それとも別の世界に住む恋人に会いに行ったのか?
ピアノの伴奏は簡素です。短調の前奏は何かを言いかけてはふっと止まりながら進みます。歌が入ってからは和音を軽くとんとんと弾くだけ。“星の輝き”や“波の音”を表現するような音型もありません。そして一番から四番まで同じ伴奏をゆらゆらと繰り返すだけです。
この幻想的な詩の空気感を出すのは至難の業で、和音をただ並べて弾くだけでは表現できません。しかし熱く感情的に弾いてもまた違います。歌詞に沿って泣いたり笑ったり、輝いたり霧でかすんだりしながら、淡々とした中にも強い想いをピアノの音自体に込めます。ライトナーの書いた詩の意味を、自分の魂の奥底が震えるのを感じながら、和声に沿って並んでいる和音だけで映し出していきます。
詩は読む人によって様々な想像をかきたてます。比喩的表現が多くひとつの単語の示す意味も数種類あるので、同じ詩に付けられた曲でも作曲家によって全然違うものになってしまいます。もちろんこの曲も違ったイメージで捉えることも可能です。ここではシューベルトのフィルターを通って表現されたライトナーの世界を、更に私が勝手に想像し意訳しながら聴いてみました。
熊本市東区健軍
HEART PIANO ハートピアノ教室熊本