2020.06.13
朝。ぼーっと起きる。鳥が鳴いている。ラジオをつける。美しく品のいいバロック音楽が流れてくる。水道から水を出す。煮干しの鍋に水を注ぐ。火をつける。野菜を切る。鍋に入れて煮る。家族が起きてきて会話が始まる。食器がふれあう。みんなが忙しく歩き回る。洗面所では顔を洗っている。テレビを誰かがつける。洗濯機が回り始める。お弁当の揚げ物が華々しく油に飛び込む。電子レンジがうなる。扇風機もうなる。そして暑い。気が付くと心地よく流れていたはずのバロック音楽はどこかへ消えてしまっている。
レストランで必ず「あ、これはベートーヴェンだな。」などと、すぐにBGMに反応する友人がいる。どんなに話が盛り上がっていても「あ、」と言って音楽の変わり目を聞き逃さない。
平日家にいる日は、小学校からきゃあきゃあと遊ぶ子供たちの声が聞こえる。けっこう離れていても風向きでよく聞こえる時がある。平和を感じる音。
休日に散歩する。と、ピアノの幻聴。いや、遠くから確かにピアノの音が聞こえる。どんなに遠くてもピアノの音だけは聞き逃さない自信がある。方向しか分からない。慣れた町でもちょっと入ると別世界だ。車では入ったことがない道をくねくねと行くと見たこともない家からショパンのバラードが聞こえる。気が済んで大通りに戻ってしばらく行くとまたピアノの音。今度は通りに面したお宅からドビュッシーだ。
夜に布団に入るとどこかからウォンウォンウォンというこもった音がする。この音は耳が遠くなった人にもなぜか聞こえやすい種類の音だそうだ。遠くから聞こえているのかと思ったが、念のためピアノ室へ行ってみると換気扇がつけっぱなしだ。近くより遠くにいた方がよく聞こえる音だ。
耳鳴りがある人は滝の音をききながら寝るとぐっすり眠れるそうだ。 暑い夜は耳を澄ますとヤモリやショウリョウバッタのささやく声がするような気がする。子供の頃は布団の中で遠い列車の音をよく聞いた。
外出自粛。世の中が息をひそめて家で過ごしていると、外でひっきりなしにカラスの群れが鳴くのが聞こえる。不吉な連想を誘導するように空はどんより曇っている。音は聞く人の主観に左右される。
そんな風に昼間曇っていて今か今かと思っていた雨が、夜になってやっとぽとぽとと控えめな音をたてて降りだす。雨は降り方や粒の大きさで音が違う。その時、ラジオをつけると偶然ブラームスの“雨の歌”が流れてきた。雨の音を聞きながら聴く“雨の歌”。偉大な音楽家たちはどんな音を聞いていたのだろう。
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