2018.06.30
ドビュッシーのピアノ曲“雨の庭”に降る雨は通り雨。傘にパラパラという心地良い軽い音を立てながらパーッと乾いた地面をぬらしたかと思うと、もう通り過ぎて露をうった葉がキラキラ輝いている。一方日本の梅雨はじめじめと湿気が多い。
ところで今、ここにかえるの鳴き声のCDがある。
かえるの鳴き声だけが入ったCDである。
内容は、60種類の国内外のかえるの鳴き声と2種類のヤモリの鳴き声。トータル演奏時間は約67分32秒。かのベートーヴェン先生の英雄交響曲よりもずっと長く、たっぷりかえるの演奏が楽しめることになる。これがかえる?!という鳴き声からおなじみの鳴き声まであり、バックコーラスにカッコウが友情出演していたりもする。このCDを流すと部屋の空気が急に別世界になる。
私の実家は田んぼに囲まれていた。今思えば梅雨時期はピアノもさぞかし湿気を含んでいただろう。子供の頃見えたもの、聞いたもの、触ったもの、においなどは深く記憶に刻みこまれていて、雨のあとの強い陽ざしが容赦なく気温を上げると、梅雨の晴れ間の湿度の高い「もわっ」とした感じや、おたまじゃくしの卵のぬるぬるした感触、あめんぼの細長い足や、雨粒が水を張った田んぼに作る模様などを思い出させる。
その中で強烈な記憶がかえるの鳴き声だ。雨の日にちょっと草むらを歩くと、うっかりかえるを踏みそうになるほどの密度で生息していたので、梅雨時にかえるの鳴き声を聞かない日はなく、連日かえるに生演奏サービスをいただいていた。朝起きてから夜眠りに就くまで何百匹ものかえるの合唱祭が毎日開催された。
このCDを、かえる1匹見かけない住宅地の真ん中で聞く。音とは不思議なもので、とたんに私は子供時代にタイムスリップする。目をつぶってこのCDを聞いていると田植えをしたばっかりのまだ小さな苗がたくさん並んだ田んぼが目の前に広がり、においまでしてきそうだ。
CDケースのデザインは、五線紙におたまじゃくしが泳いでいるイラスト。あ、そうか。八分音符っておたまじゃくしって呼ばれていたっけ。とても愛らしいかえるの子供が五線紙の上で笑っている。みんなみんな生きているお友達の一人かえるくん。レッスンでカノンの説明をするときに一番分かりやすいのが“かえるのうた”なので頻繁にご登場願っている。