2012.09.25
お彼岸も明けました。
秋の彼岸はどうしてもあわただしく、お仏壇にお参りするだけで終わってしまいます。
それでも気持ちだけはほっとします。
私が子供の頃、今はなき祖母が「入りぼたもちに明けだんご」といいお彼岸にはこのふたつを作ってくれました。
私はこのとおりにはいきませんが、できるだけやっていこうと思っています。
さて、この祖母が前記のことばとは別によく言っていたことばがいろいろあり、いまも私の生活基盤になっています。
「石梨は食えるがずつなしは食えない」「食え食えは貧乏神、食う食うは福の神」など、祖母が言うには祖父のことばだそうです。
その祖父というのも父が17歳の時に亡くなっていますから、私の知る由がありません。
ですが、今もこうしてことばとして生きています。
格言のように硬くもなく、言い伝えのように恐ろしくもありません。
メディアもあまりない昔の生活から生み出されたもの、それともなにかのことわざなのかわからないのですが。
石梨というのは昔の原種のようなものでただ硬いだけの梨、それでも食べ物だからなんとか食べられるが、ずつなし(これはこの土地のことばなのか)つまりものぐさ、怠け者は食べていく(生活していく)ことはできない、という意味です。
食え食えというのは病弱で食の細いこと、食う食うとはなんでも食べる、つまり健康ということです。
よくまあこんなことばが考えられたものです。
とても泥臭い感じもしますが、私はこのまま子供たちにのこしてあげたいと思っています。
ことばというのは言霊ともいうそうですね。
今は亡き人の魂がそのまま残されているように感じます。