2016.07.10
⬆︎ これは、東京都在住の柴田さんのお言葉です。
新聞に大きく掲載されたので
ご存知の方も多くいらっしゃると思います。
(目と手の状態が…なので、
下書きが ほとんど出来ていたものの中から
最終調整できたトピックスのみ、順次 更新していますが、これも本当は6月に更新したかったものです)
柴田さんが出版された本
【私が療育 特別支援教育の伝道師にならなかったワケ】
(ショウゲキなダイメイで
チョットビックリしたワタシ)
柴田さんのお言葉⬇︎
同じ障害をもって生まれながら、長女は、療育→特別支援教育の“障害児専用コース”を突き進み、
長男は、ゼロ歳から保育園、校区の小・中学校学に学びました。
二種類の“義務教育”を保護者として経験した辿りついた結論は。。。について書いています。
障害児の親はどうして、特別な場所での専門家による特別な療育・支援にすがってしまうのか。
そしてその結果、療育→特別支援教育→障害児専門の放課後の居場所、作業所という障害児専門コースに追いやられ、
一般社会から孤立し、親亡き後の不安にさいなまれる。
長女は
障害児専門コースで「学ぶ機会」を奪われ、
弟は保障されたことを知り、そして“学び”は“豊かなバラエティの育ちあい”中でしか成立しないということを実感しました。
障害のある人を
「私たちとは違う環境でないと生きていけない人たち」と場を分け、交じわる可能性を摘むことこそ差別である
ことを、2人の子どもの成長とともに親が気付き、自己変革をとげていく過程を描いたものです。
長男は特別支援とは無縁でも、字を覚え計算が好きになり
音楽や図工を楽しみました。
誰も予想していなかったことでした。
一方、中学も特別支援学校に進んだ長女は、障害を克服するための課題を与えられ続けました。
そして幼い頃から、
この子には支援が必要と説かれ
親ともども乗せられていた
障害者コースを走る列車から
決別することを決めました。
障害のある子どもの親(特に就学前で、特別支援か地域での関係性かで迷っている親)
障害児の療育・保育・教育関係者に是非読んでいただきたいです。
と、柴田さんのお言葉をそのまま
書かせてもらいました。
〜 〜 〜 〜 〜
これまで、こちらのトピックスで
障がいについても書かせていただきました。
そして、いつも読んでくださっている方で、同じ思いを持つ たくさんの方がこちらを頼ってくださり ご縁をいただきました。
しかし、
「乗り越えた話」
いうのは、今たたかってる渦中の人にとっては
辛い?話になるから
伏せるべきと言われたり…
『乗り越えた人はそれでいいじゃない。あてつけか?
自慢したいだけでしょ』
みたいなことを言われたり
誹謗中傷を受けたりすることもあり
悩みます。
わたしも、活動も書くこともやめようと思った時期がありました。
でも、前に進みたい方、勇気が持てる話や実例を聞きたい。希望を見出したい方は たくさんいらっしゃいました。
その数に驚くほどです。
私1人で抱えきれる数ではありません
とトピックスに書いたこともありました。
制度?というか 仕組み?というか
違和感を持ちながらも仕方なく 言われるまま?日々を過ごし…
でも何か違う、どうにかしたいと
葛藤してる方は たくさんいらっしゃいます。
きのう 一昨日のトピックスに「選択肢」の
ことにも触れましたが、
つづく
このことについて長時間 語りあった言葉掛けコースのお母さん
♫ちゃん(お写真)ほんとに明るくなったね。そしてピアノの音色も(*^_^*)
いつもありがとうございます。