2011.12.14
浅田真央ちゃんの胸中告白、テレビで見ました。
早朝から息子と涙涙…
息子は「今から学校へ行くのに、ヤバイわ(>_<)」と言いながら、
テレビを見て
「お母さんが今まで話してた言葉と同じやん(驚)」 と言いました。
真央ちゃん、「名古屋を離れる時は、これが最後かもしれない」て思ってたそうです。
私も、亡母の容態が悪い時は、病院から学校に行ってたのですが、
「これが最後かもしれない」て何度思ったことか…
真央ちゃんが病院に着いた時は、お母様が、もう眠りにつかれていたとのことでしたが、
生前、真央ちゃんのお母様は
「弱った姿を見せたくない」と、おっしゃっていたそうです。
私の母も、私がいない間に眠りにつきました。
(母への憶いはトピックス12)
医師から「もう、あと二日、もつかな?」と言われた瞬間から、ずっと 一緒に居たのに…
私が、少し離れた間に母は…
忘れもしません。あの日、朝方 自宅から電話があり、息子が熱を出したことを聞いた私は、一旦帰宅したのでした。
そして、帰宅した時、母が息を引きとった と
連絡が入ったのでした。
「なんで今やの?なんでお母さん
今のタイミングで死んじゃうの!!」
もう悔しくて悔しくて…
すぐ病院にもどりました。
まわりの方は
「眠る瞬間、力つきる瞬間を
あなたには見せたくなかったんやろうね」と、おっしゃいました。
まだまだ身体の温もりがあり、ふつうに
眠っている感じで、
信じられなくて、
母の顔や手をずっとさすっていました。
病院側の手続きが、時間かかったこともあり、
その間ずっと、さすっていられました。
「長い長い闘病生活、十年間しんどかったね。お母さん。ゆっくり眠ってね」と声をかけながら…
時間の経過と共に、さすっている手が
どんどん冷たくなり
かたくなるのを感じ、
“お母さんが息をひきとった…”
現実なんだ…と、それから泣き崩れました。
真央ちゃんとは、立場も違いますが、
母と娘 この繋がりは同じです。
真央ちゃんのお母様48歳、
わたしの母は49歳でした。
気持ちが重なり、あの日を思い出し、
涙がとまらず、
なんとも言えない胸の苦しみが…
辛い、悲しいなんて言葉で
あらわせる気持ちではありません。
でも、真央ちゃんが今、経験されていることは全て、
人間力や表現力にも繋がっていくと思います。
リンクの上での表現力が、
今までになかったもの、
今まで以上に深みのあるものに
なっていかれると思います。
私が、悩んだ時、ヒントを下さるある先生も、
フィギュアスケートをされていました。
その先生と、これからも
応援したいと思います。