2011.12.12
トピックス76の続きです。
一生懸命やっていたリハビリも
一つ減り、また一つ減り、内容も変わり…
気のせいかな?と思いたいところでしたが、知識も経験もない当時の私は、指示を鵜呑みにするしか出来ませんでした。
私自身も、家では、寝たきりの母に対して、母の右側に物を置いたほうが取りやすいと思い、右側に物を置くようになっていました。
当時は、それが、優しさ!気遣い!と思っていましたから…
しかし、ある時、左手がかなり衰えていることに気付きました。
動いていたはずなのに、毎日こちらもマッサージなどして気をつけていたはずなのに…
毎日一緒だからこそ気付けない落とし穴がそこにあったのです。
「お母さんも自由に動きたいだろうし、かわいそう」と思う気持ちと同時に、母の右側に置くことが母にとって便利だろし、また、それが 母に対する優しさだとも思ってしまっていました。
母自身も、左手の衰えは自分で感じたようで、そのことは辛かったようですが、
母は脳の手術をしたので 自分で「どうしたら衰えないのか」なんて考えられる頭ではありませんでした。
そうなんです!!本人ではなく、まわりなのです。
自分で考えられない•自分で判断出来ない状態となってしまった場合は、まわりの
『『意識』』
が、その人のその後を左右する!と気付いたのです。
私が感じたこと。
今まで通りにしていたら、まだまだ動いたかも…
障がい認定なんておりない方が、まわりの意識が変わらなかったのに…
今も後悔しています。
しかし、その経験が子育てに大きくプラスに働きました^^
可能性を広げる!というのは
無理をさせる!ということではないと思っています。
本人は無理しなくても、まわりの意識が変わるだけで 広がる可能性はたくさんあります。
そして、少しだけ 手を伸ばしたところに気持ちを置く。
(母は、それから右手の人差し指と中指はしっかり動くようになりました。それはタオルを、楽に届く場所でなく、しっかり右手を伸ばさないと届かない場所に私が置くようにしたからです。リハビリをどんなにやっても、人差し指と中指がしっかり動かなかったはずなのに…
不思議ですよね。でも、これこそマニュアルでなくオリジナルの効果だと思います)
息子の時も、リハセンですることは一通りしてもらいながらも、
家では、リハセンの話と自分の知識と経験を融合したオリジナルリハビリをしていました。
人は、一人一人違います。だからマニュアルや理論が当てはまらないことだらけです。(私の薬もそうでしたし)
いくら専門的なことを学ばれてきていても、専門書に書いてあることのみで指導される方と、経験されている方の指導は違いました(>_<)
でも、それは、それで当然だと思います。
誰しも、何事も経験しないと分かりませんからね…
私は、息子をとにかく観察しました。どんなことをした後に どうなるのか…
どんなことに対してどんな反応や興味を示すのか…
母の時の後悔を繰り返したくなかったから。
(これらのおかげで、私も観察力がつき、可能性を伸ばすポイントに気付く力•引き出す力が養え、生徒さんのことには一早く気付け、本当の意味での一人一人に合うレッスンが出来るようになりましたのでプラスになっています)
ただ、どんなに観察力がついたとしても、毎日一緒にいると見えないことはあります。そして、
息子と私は、「先生と弟子」ではなく
「親子」ですから…
わたしは、母親と先生を両方こなせるほど器用な人間ではないので^^; 息子に対しては「母親」を選択しました。(ですので、ピアノを教えたりは一切してません^^;)
それは、習い事の先生は一人だけじゃないけど、母親は一人しかいない!と思っているからです。
習い事は恩師と出会える最大のきっかけになると思う私は、習い事奨励派です。
恩師のいる人と恩師のいない人では、物の考え方や生き方がすごく違うらしいですよ。
最近の子ども達は、昔に比べて、恩師と呼べる人がいない!という子が多いようです。
私は個人的に、
恩師とは
“親と違う角度から指針を仰げる ”
ありがたいありがたい存在だと思っています。
だからこそ、息子には、恩師と呼べる人と出会ってほしい…その思いで、やりたい習い事はさせてあげるつもりでした。
ところが…障がいに関わる場所で言われる言葉は、
( 字数オーバーの為、次につづきます)