2011.12.11
トピックス64の、偉人の話❶も思い出してみてくださいね。
今日の偉人のお話は、❶の方より有名ですのでご存知の方も多いとは思いますが、私の子どもに向き合う気持ちと、病や障がいについて 考える上で、心の糧となったお話です(^^;;)
1890年9月9日、ある男性がアメリカのインディアナ州で生まれました。
6歳の時に父が亡くなり母が働きに出るようになり彼は、3歳の弟とまだ赤ん坊の妹の面倒を見なければならないようになり、このため、料理がうまくなりました。
家を助けるため10歳から農場で働き、その後は、電車の車掌、軍人、消防士、保険の外交、船の仕事、タイヤ売り、ガソリンスタンドなどなど40以上の仕事につきます。
火事や勤務先の倒産や、子供の死など、とにかく不幸続きだったと言われています。
ガソリンスタンドの一角に小さな食堂コーナーを始め繁盛し、大きなレストランとなりましたが、時代の流れと共に車の流れが変わり、事業に失敗。
65歳のときに彼は、無一文になり、手元に残ったのは、レストラン時代のあるレシピだけでした。
何もかもなくした彼は、そのレシピを誰かに買ってもらおうと、レストランを次々まわります。
毎日毎日あきらめずに東奔西走。しかし、誰も相手にしてくれません。
それでも彼は諦めなかった。
そして、やっと、買ってくれる人と出会えました。
その結果、そこから彼は全世界に名を残す人となりました。
今や世界100ヶ国に約10000店舗以上
彼の名前は……
……
……
……
カーネルサンダース。
そう、ケンタッキーの \(^o^)/
カーネル・サンダースさんのすごいところは、66歳という年齢で、なにもかもなくなっても夢を諦めなかった事です。
皆さんがカーネル・サンダースの立場だったら、どうでしょか?
ほとんどの人は、66歳のときに事業に失敗して無一文になったら、もう年だからと諦めるのではないでしょうか…
“ 人生は自分でつくるもの。出発するのに歳は関係ない ” 明言となりました。
そして、すごいところがもう一つ。
それは、断られ続けた回数が、
なんと… なんと… なんと…
1009回! Σ(・□・;)
1010回目にしてやっとレシピを買ってもらえたのです。
もし1000回で諦めていたら、ケンタッキーチェーンはなかったと言われています。
カーネル・サンダースさんが夢を諦めなかったおかげで
現在、世界中にケンタッキーのチエ―ン店があるのです。
カーネルサンダースが諦めなかったこと。それは
『夢と希望を持ち続けるということ』☆☆☆
普通の人なら、どうでしょう?
5回くらいで諦めてしまうかも…10回くらいで諦めてしまうかも…(・・;)
毎日、朝から夜まで ある事をやり続けたとして、30日続くでしょうか? 90日続くでしょうか?
何回か何十回か、何百回で、やめてしまいませんか?
その数回もしくは何十回しかやっていないことに対して
「何回もしたけど無理だった、何をしても無理だった」と言ってしまいがちでは ないでしょうか?(・・;)
何千回もやってみたでしょうか?
何十年もやってみたでしょうか?
本当に、何をしても無理だったのでしょうか?
無数に、ありとあらゆる事をやってみたのでしょうか?
エジソンも、電球を発明するまでに 1000回失敗したと言われています。
彼は、今でいう 脳障がいがあったと言われていますが、諦めなかったのです。
インタビューで記者に「1000回失敗したという気持ちはどういうものですか」と尋ねられた時、彼は「1000度の失敗をしたわけではない、1000のステップを経て電球が発明されたのだ」と答えたそうです。(^_−)−☆
私の亡母は、39歳で脳腫瘍で倒れました。
それから亡くなるまで十年…
ある時を境に、障害一級認定となりましたが、
そこで感じたことと、後悔したことから、わたしは、学びを得ました。
障害認定がおりる前は、まわりも一生懸命に可能性を伸ばそうと協力して下さいました。
ボールをつかめるだけで、どれだけ喜んだことか…
そのおかげでわずかな運動機能を保持出来ていました。
ところが、障害認定がおりると、
「あまりやってもお母さんの負担になったらいけないから。無理することに繋がるから」と、
まわりが変わりはじめました。
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