2015.12.19
昨日も、こちらのネットからお問い合わせをいただき ありがとうございました。
この2〜3年の間は、「お問い合わせありがとうございます」の内容は、あえて ほとんど書かないようにしていました。
教室概要欄にも、新規入会〆切を ずっと掲載させていただきました。まれに 生徒さんの移動で夕方が空いた時は、トピックスでなく、教室概要に記載させていただきましたが、
そんな時もすぐに入会の連絡をいただき、ほんとに有難く思っています。
お母様方より、一般的なピアノ教室の不満を
よく聞きます。
「求めているものが違う」と。
私には、おっしゃっている意味が よくわかります。
それは、ピアノの先生という立場でなく
様々な場所で、子育て相談員をしている時に
たくさんのお母様方から受ける相談内容でもあるからです。
お母様の声
「ドレミを教える、テクニックを教える、
そんな教室は 数えきれないほど あるのに、
これだけピアノ教室が あふれている中で、
どうしてピアノ教室て どこも○○なんでしょうか?」
はじめて、相談員として ピアノ教室の話を聞いた時は、子育ての相談がくると思っていましたので、ビックリしました。
(ちなみに先方さんは私がピアノ講師だなんて全くご存知ないです)
どの世界でも、その世界では当たり前という事柄は あるものです。
その世界で育ってきたら、それが普通になり
なにも不思議に思わないことは たくさんあります。
しかし、外から見たら その世界の当たり前が
変に見えることは多々あります。
ところ変われば
『当たり前が非常識になる』
(このことは過去のトピックスにも 何度か触れてますが)
県によっての当たり前が違う習慣や、外国は土足で家に入るが、日本で そんなことしたら‥
と似たようなことです。
AさんはBさんを非常識と思い批難するが、
BさんはAさんの方が非常識と思っている。
Aさんは、自分のまわりの人が たまたま自分と同感だったので「やっぱりBさんが おかしい」と自信を持ち、その話を人に言いふらす。
その話を聞いた大衆は、「人前で あの人のほうがおかしい!と決めつけるAがどうなんだろうね」となる。
だいたい、自分の親しい人は同じステージにいることが多いので、判断基準が似ていることは多いものです。
たまたま、自分のまわりが同感だと言っても
数人か数十人…
日本国民 全員の話を聞いた上で判断しているわけでもないのに、
相手が変 と決めつけがち。。。
ピアノの先生の当たり前と、お母様方の当たり前が違っても不思議でなく、
先生同士も、育ってきた環境が違うので
当たり前の価値観が違っても不思議でなく、
自分の当たり前を人に 押し付けるのでなく、
お互いが どう認め合いながら
子どもさんのために、なにが出来るか!!
私は それが大事だと思っています。
子供が喜ぶことって 大人から見たら
??のことはあります。
反対に、大人が喜ぶことは 子供にとっては
??のこともあります。
このことは 老若男女、仕事、立場など
どんなことにも言えるのでは ないでしょうか?
子どもさんが喜んでくれるなら、私は自分が笑われても 良いと思っています。
立派な大人に成長された生徒さん達も数えきれませんが、みんな 相手を否定せず、ディスカッションできる力が高いので、仕事でも大活躍されています。
「先生 よくあんたことやってくれたなぁと、ほんま思いますよ。周りを敵にまわしても
僕 私の希望をきいてくれはったもんな。
今の自分があるのは、先生に受容されながら育ったおかげです」
なんて言葉は、私は嬉しいんです。
たくさん教室がありすぎて、生徒さんが先生を選べる時代、
お母様が 自分が好きなタイプを選ばれるケース、
お母様が 自分とは真逆だからこそ 子供を伸ばしてくれると確信して先生を選ばれるケース、
なにより子供の気持ちを察知してくれる先生を選ばれるケース
などなど、いろいろあると思いますが、
お母様方から
「○○でなく、○○な先生がいない、
求めてる教室がなさすぎて!
さくら先生が5人いたら うちも習えたのに」
と いうお声がたくさんありますので、いろいろ考えています。