2011.08.20
私の夢はこどもの頃から『保育士か、学校の先生か、ピアノの先生になること』でした。体が強い方ではなく何をやっても目立つ事のない私が、少しずつ前に進めたのは素敵な先生方と出会えたおかげです。
羽曳野市白鳥幼稚園時代は,食が細すぎる私を心配して励まし続けて下さった担任先生と副園長先生のお姿に憧れ、子どもながらに「幼稚園の先生になる」とまわりに話していたそうです。
また、白鳥小学校でも給食があまり食べられず、通院で学校を休みがちになる私を気遣い、自転車で我が家までよく来て下さった担任の先生のお姿を見て「私も こんな先生になりたいなぁ」と思っていました。
三年生で厳しい先生になり…通院で時々休む私に
毎日毎日大量の宿題をもってこられる先生(母も私も困惑するほど)
その先生は「体が弱いからってこのままでいいの?この子は、このまま大人になるの?!お母さんは一生面倒見れるの?!」と来る日も来る日も母に強くおっしゃっていました。注意される母を見るのが辛くて、泣きながら終わらない宿題を頑張ってしていた記憶は、今もはっきりおぼえています。
そんな日が続きましたが、一年ほど経った時には、学校もほとんど休まず行けるようになっていました。なんだか不思議な気もしましたが、荒技?のおかげで 体力も付き、強くなってたのだと思います。
そして、毎日毎日の大量宿題をするうちに「諦めなければ出来る」「出来た達成感」など、気持ちに変化が起きてたのかもしれません。
四年生になり毎日学校に行けるようになると、その怖かった先生が「あなたはリコーダーうまいね。声も良いし歌も上手やん。あらっ!ピアノも弾けるんだぁ~。計算ドリルもはやいね」とほめて下さるようになりました。
今思うと本当に上手だったのかは分かりませんが^^;
何一つ自信の持てなった私が、ほめてもらえる嬉しさと出来た喜びを知り、この先生のおかげで出来る事が一つ一つ増えたのは確かです。
この先生、実は専門が音楽でした。この先生と出会えてなければ、私は 音楽も数学も得意にならなかったかも知れません〔数学が大好きです(^^)〕
その時はまだ、音楽脳と数学脳に共通項がある!という事など知りませんでした。
小学生の時は、「幼稚園の先生しながらピアノの先生をして、学校の先生もするねん」と、
言ってたようですf^_^;)
時は流れ…
四天王寺高校在学中も、保育士になるのか学校の先生になるのか、ピアノの先生になるのか悩みましたが、三年生の春に 音楽の道に進むべき事に遭遇し、大阪音楽大学に行きたい!と決意しました。
想像を絶する受験勉強の辛さに、何度か くじけそうになりましたが、私は『あきらめない人』に なっていました^^* 息子の障害を克服できたのも、この精神があったからなのかもしれません。 この基盤は、小学校の時の先生のおかげだと思っています。
素敵な先生方と出会えたおかげで「私も、夢や希望を与えられる先生にやっぱりなりたい!」と年々強く思うようになりました。
そして…今、ピアノの先生として、音楽の先生として、また子育てサポーターやボランティアをさせて頂けることに、やりがいを感じられる日々(^‐^)
今まで携わって下さった方々に感謝しています。