2014.08.16
昨日8月15日は終戦記念日でした。
あるアンケートによると「今日は何の日?」の質問に、答えられた若者は一割いなかったそうです。
戦争では、若い人達が国を守るため、家族を守るために尊い命が…
TVで隊員の方々のお写真を見ました。息子と同い年の人のお写真もありました。
自分の息子と同い年…
考えられないです…
胸が痛すぎます…
私自身、戦争は体験していませんが、祖父、祖母から、戦争の話は毎日というほど聞いていました。
祖父が軍歌をよくうたっていたので、当時幼かった私や いとこ達は、意味が分からないまま覚えて、一緒にうたったりしたものでした。
今もワンフレーズだけ覚えていますが、祖母が祖父に「あんまりうたってほしくないわ〜」と言っていたことも覚えています。
その祖父も祖母も、もう亡くなりましたし、戦争を体験された方、語れる方は ほんとに少なくなったので
私達が、御年配の方から聞かせてもらっていた話を、子ども達に受け継いでゆかねば!とも思っています。
私達の、こんにちの暮らしがあるのは、たくさんの犠牲者の上にあることを忘れてはなりません。
国のために命を捧げた人々に感謝することも忘れてはならないと思います。
自分の命は自分のためだけでなく
先祖からいただいた命を子孫へ引き継いでいくという重要な役割でもある
と新聞にも書いてましたが
“自分は!自分は!” となってる今、
そのように考えられる人は、はたしてどれくらいいるのだろうか?と思います。
先祖からの命を引き継ぐ
このことから、15日は『命の尊さを考える日』とも言われています。
私にとって、八月は、しみじみと命を考える月でもあります。
意識のなかった母が最後に発した「ぁあ″ー」という猛烈な声を思い出す月でもあります。
母は八月末に他界したのですが、その亡くなる二週間前のお盆に、みんなが ベッドのまわりに集まってくれた時、意識のないままだった母が
「ぁあ″ー」となんともいえない声をあげたんです。ビックリしました。腰をぬかすほどビックリしました。今も鮮明に覚えています。
後で こう思いました。「意識はなかったけど、お母さんは皆が集まってくれたのを分かってたんやな…ありがとう…て言ってたんやろうな」て。。
この時期は、お墓参りやテレビ番組なども重なり、毎年 いつも以上に命を考える時でもあります。
思い起こせば、命にまつわることで
私は、不思議な体験をいくつもしている人生のような気がします。
母のことでは、亡くなる前も後も不思議な体験が重なりましたが、今も嬉しい不思議な体験はあります。
また、息子の出産では
促進剤投与の毎日で陣痛140時間をこえた後、死ぬか生きるかを体験
「お腹の赤ちゃん仮死仮死!緊急帝王切開!」と私の意識が遠のく中、聞こえてました。
息子は仮死状態、私も死にかけとなったお産でした。
まさにその時、母の兄が急死していたことを後で知りました。。。
親戚の方に「おっちゃんの生まれかわりちゃうか?助けてくれはったんかもな」と言われました。
昨日も息子とかなり語り合えました。
戦争って、、、、
みんな一人一人家族がいて、、、
それぞれに人生があったはず。
大切な大切な命のはず。
なのに•••
私達親子二人は、命がなかったかもしれない…
でも、こうやって生かせてもらっている
そのことに毎日感謝しています。
過去のトピックス
「息子と命を語り合うと涙が止まらず」にも書いていますが
【足りてるものを数えてたくさんのことに感謝し、置かれた環境で、生かされている命を大切に、また一日一日を大切に過ごそう】
と 息子と話をしてます。
今の環境に感謝
当たり前のことにも感謝感謝
そして、平和を切に願いたいと思います。
お墓の前、お仏壇の前でも息子としゃべっています。
こんなに よくしゃべり 命について語る親子を亡母は どんなふうに思ってるんだろう?^^;
お父さんがいて、お母さんがいて
私が生まれ•••
主人がいて、私がいて
息子が生まれ•••
先祖からの命を引き継ぐ=『命の尊さを考える日』