2014.05.06
自分に不利なことや嫌なことが起こっても、腹を立てたりせず、思慮深く考える。
相手のことや世の中に
善になるように知恵を働かせられること。
(新しい事実が出ると傷つく人はいます。過去の事実の方が好都合で、傷つかずにすむ人もいます。
自分が後者だったら、誰だって、新しい事実は間違っている!過去の方が正しい!と言いたくなる。
でもそれは、相手や世の中のためには なっていない。
一個人として、自分が傷つかぬようにしたいだけ。
それは人を指導する立場としては どうなのかな?)
医療や福祉においても、予防する側の立場の人は、予防促進的な発言をしなければならない(A側とします)
予防を呼びかける立場と反対側にいる人は、擁護する前提にあり 守るべき人達を守らなければならない(B側)
グレーゾーンの方に対応する立場の人は、A側とB側どちらの配慮も必要となる発言が必要となるわけですが、
A側の話をするとB側の人は、
「A側は間違っている!予防なんて出来ない!予防なんて言われると自分のせい!と思われる」と反発し
弱い者いじめをしていると言わんばかりに団体で圧力をかける?!
だから真相が闇の中へ…
それらに関与していない人々は
自分には良くわからないし触れない方が良いだろうと感じる。
B側の味方をしないといけない
というような風潮もあり
タブー視される内容だけに 腫れ物に触らないほうが無難だろうと なり、
これまた真相が闇の中へ…
でもそれが、本当に
相手や次世代を担う子供達のため
世の中のためになっているのだろうか?
みな、それぞれに立場が違う。立場が違うから やるべきこと、伝えなければいけないこと、必要なことは違ってくる。
そこを理解せずに、自分側が傷つくからと
相手側を悪者に見立て、
相手がまるで弱い者いじめをしてるかのように周りに伝え圧力をかける
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そちら側のほうが実に守られていて強かったりすることって多々あるのですが……
強い組織に守られていながら
相手を悪者に見立てたい?!
「理解してくれない人がいる」
と豪語豪語豪語する人ほど、実は人を理解しようとしてない!とも言われますが、
悲しいことに年々、それを実感してしまっています。
再度、冒頭の言葉を…
自分に不利なことや嫌なことが起こっても、腹を立てたりせず、思慮深く考える。
相手のことや世の中に
善になるように知恵を働かせられる人
(新しい事実が出ると傷つく人はいます。過去の事実が自分には好都合で傷つかずにすむ人もいます。
自分が後者だったら、誰だって
新しい事実は間違っている!
過去の方が正しい!と言いたくなる。
でもそれは、自分が傷つかぬようにしたいだけで、相手や世の中のためには なっていない。)
個人としての気持ちは もちろん自由だし、人それぞれですが、
触れるより触れないほうが無難だから…
事なかれ主義…
だと、
真相がいつも闇の中で
良くなるものも良くならないですね。
みんな それぞれに立場があって、立場上 言わなきゃいけないことがあるから
相手が間違っていると非難するより、
結果には原因があるわけだから
結局は、
【どれだけそこに向き合い
どれだけ大切なことに気付けるか…】
ではないかと たくさんの学びから思うようになりました。
自分の考えが否定されるような真実が出てきた時は、自分が不利になっても、
それが世のためになり、良くなる人が一人でも増えるならばと
真実を認めるウツワを持てることも
後進を育てる指導者には必要ではないかと思います。
不利な真実は、自分の気持ちが傷つくから嫌だからと、「自分」が主となる方は、
客観判断能力を持てず、
自分の思い込みや間違ったことを教え続けることになるから。。。
自分が受け入れられない真実でも、発表が出た内容は、中立な立場で伝えないといけないのでは?と私は思いますし、
子育て支援の会議でもお話させていただきました。
子育て支援ベテラン講師さんの
「十年一昔前どころでなく、三年一昔前と思って下さい。次々と情報も変わっています」
という言葉は、なにを意味するか?
責任の重さを感じました。