2014.01.15
12日の続きです。
身近な知り合いに教える♪ということからスタートし、はや30年が経とうとしています。
幼稚園のころからピアノの先生か、学校の先生か、幼稚園の先生になりたいと思っていた私
ずっと一つに絞りきれないまま高校三年に…
高三の春のある出来事が転機となりました。
「もうあなたのレベルを指導できる先生がいません」と音楽教室と先生から、衝撃的なことを言われ、
ショックと驚きでどうしたら良いか分からず “大学受験に向けて ピアノを辞める時が来たんだ!” て思いました。
でも気付いたら 何故か、学校の音楽の先生に相談をしていたのですが、それがきっかけで
全く予定外の大阪音大を目指すようになりました。^^;
音楽教室からは「音大に受かったら是非来てください」と言っていただいてたので、入学と同時くらいに出張の生徒さん数名を紹介していただきました。
ですが、歩けばピアノ教室にぶつかると言われるこの大和高田市では、音大生と言っても珍しくもなんともなく
また、ベテラン先生、有名な先生もすぐご近所にいらっしゃいます。おまけに、子供の数が減っていく地域でもあったので、自宅の生徒は集まりませんでした。
チラシを配り歩いたことは、数えきれないほどありましたけど^_^;チラシでは どんな先生かも伝わらないものですし、どんなに配っても集まりませんでした。
個人の楽器店もあった時代でしたので、知らない楽器店に飛び込み
“ピアノ販売したお客様で、先生を探しておられる方がいないかどうか”をお尋ねにしたこともあり、そこで出張の生徒さん 数名のご紹介をいただいたこともありました。
教えはじめて1年2年が経つと、はじめて指導した生徒さん達の口コミで嬉しい言葉をかけていただくようになり、主張生徒さんは数珠繋ぎのように増えました。
増えたと言っても、出張レッスンは一件から一件 移動するのに45分 、一時間以上かかる場合もあり、レッスン時間より移動時間のほうが長い^_^;ので、半日かかっても三軒しかまわれない♪という曜日もありました。
数年経つと、何故か?数件のピアノ教室から来てほしいと言っていただけることが重なり
様々な形態の音楽教室を体験させていただきました。
ところ変われば教室の空気、先生方の雰囲気、また、教室としても違うことが多く、若かった私は戸惑いの連続でしたが、その経験が、視野広くしていただけたと今では思っています。
家での指導が多い 習い事講師は、『ワンマンで時代錯誤』と言われる!とよく聞かされてましたし、私のまわり、この地域でもよく耳にしました。
御年配の方は、そちらを求める傾向もありますし、若者は そうでない傾向にあり、求めるものは人それぞれですので、良いとか悪いという話ではありませんが、
私は『世間の人って、そう思ってるんだぁ〜。じゃあ私はそう言われないようにしよう』と思ったのでした。
また、私自身も心がズタズタになる発言を受けたり 反面教師にさせていただきたい人達と出会い、身を以て体験し
『そういうふうにはなりたくない!ならない!』と思い、その気持ちから、自分がなりたい先生像は決まっていたので、音楽以外の勉強もやり、自己研鑽を積み重ねました。
今となっては、“なりたくない姿”を教えていただいたと感謝しています。
今思えば、教えはじめの数年は、自宅生徒が少なくて良かったなぁと つくづく思います。
自宅生徒さんが少なかったので、
月曜日はA教室、火曜日はB教室と自宅レッスン、水曜日は主張レッスン、木曜日はC教室、金曜日は主張レッスン、土曜日は主張レッスンと自宅レッスン
というふうに毎日現場?が変わったので、ワンマンにならず^^; 今思えば このことも視野広くしていただけたと思っています。
今年…きのえうま…折り返し地点という意味
•••••私も、60年指導させていただけるとするならば、指導歴の折り返し地点^^;
30年 積み重ねたもの、分かったこと、まだまだ学びたいことは山積み
✳︎〜人は一人ひとり違う〜✳︎
教育のあり方も変化しています。画一化では伸びない人が沢山います。人と違う事がどれだけ出来るか!そんなことも求められる時代
一人ひとりの可能性をどのように引き出してあげるか、昔より かなり工夫しないといけない時代に突入しています。
Aという方法もBという方法も理解できないけれど、Cの方法なら理解できる!て人もいる
AもBもCもDもEも理解できなかったけど、Fの説明をすると理解で