2013.04.13
(前回の続き)
亡母が倒れたのが、もう二年早かったら、私はまだ高校二年、その時に母が倒れていたら
教師への道より医療関係に気持ちが傾いていたと思います。
同期生のように医療関係の道を選択していた可能性は大きいかも?!
しかし、その時、母はピンピンしていました(誰もが母親が突然倒れるなんて思いませんよね)
小さい時から、学校の先生か保育士さんかピアノの先生になりたいと思いながらも、
家計的に音大は絶対考えられないと思っていたのでピアノの先生は無理かな?と思いながらも
グレード資格だけは取得していました。
高校二年の時点では、
教員か保育士を念頭においていて
大阪音大は雲の上で夢☆夢のまた向こう〜という気持ちで、住む世界が違う人達、裕福な方々が行けるところと親子で思い込んでました(^^;;
こんなエピソードもあるくらい→
高校生になってしばらくして、ピアノグレード試験がありその会場がたまたま大阪音大でした。
母と「へ〜これが音大か〜正門や校舎は質素やなぁ(笑)」なんて言いながら、歩いていたのですが、
母が「もう二度と来ることないやろうから学校のまわりを一周しよか(笑)」と言い出したので、散歩をしました。
その学校に通うことになれるなんてその時は思わず(^^;;
それほど全く視野になかったのです。視野に入るとか入らないとかいう問題でなく、
再度になりますが、住む世界が違う人が行ける学校だと思っていましたから(^^;;
それが高校三年になる春に
「もうあなたを教えられるレベルの先生がいない」と、当時の先生と楽器店から告げられるという我が家にとっては大事件が起き、
いろいろあったのですが、急遽 進路が変わったのでした。(詳しくはトピックス初期頃に書かせてもらっています)
四天王寺は私の母校でもありますので、時々 学校について質問を受けますが、
「先生は、四天王寺の芸術コースだったのですか?」と聞かれることがありました。
私は、はじめ聞かれた時は、
芸術?コース?ん?と驚いたものでしたが、
どうやら、スポーツコースの名称が、スポーツ•芸術コースに変わっていたのでした。;^_^A
が、芸術コースに、音楽も美術もありません
四天王寺のスポーツ•芸術コースは、実際には、芸術コースなんてあるかな?と思うほどなので、スポーツコースと考えてもらったほうが(^^;;
ただし、オリンピックを目指すレベルですので、全国大会で優勝するくらいの人が対象ですし、スポーツが得意というぐらいのレベルでは厳しいですよ(^^;;
また、羽曳が丘校出身ですか?と
聞かれたこともありますが、
いえいえ ^^;; 天王寺区の四天王寺です。
前回トピックスで文字数が入らなかったので、話の内容が飛び飛びになりますが、
四天王寺福祉事業団では障害をお持ちの子どもさんから大人の方までの各種の施設があります。
保育士や介護士などの福祉職員と、医師や看護師、リハビリテーションの専門家などの医療職員が健康、成長、発達を助け生活を支援する為に従事しています。
四天王寺悲田院通園施設は、この高田から近いです。利用できるお住まいの区域が限られてはいますが、
成長発達に遅れや偏りのある0歳から小学校入学までの乳幼児が通園
現在、専門家による療育指導施設として、子どもたちに対して直接行う「発達支援」と、
ご家族に対する「育児支援」を自らの役割として、一層の充実に努められています。
今日、さっそくご質問がありましたので、
詳細を次に書かせていただきます。