2013.01.16
昨日も一昨日も、息子と話が盛り上がり なんだか嬉しかった私(トピックスに書いていた内容で)
目の前には、その姿を見てくれてるかのように亡母の写真が…
私達 親子の話をきいて、母が笑っているように見えるのは気のせいかしら?^^;;
そして、夢に ほとんど出てこない母が出てきて^^; ・・夢の中でリフォームの打ち合わせをしてくれてたんです(笑)夢だけど嬉しかったです。
昨日 息子が「なぁ このおばあちゃんの写真 何歳?」と聞いたので
私は「41歳やと思う、お母さんの成人式の時の写真やから」と答えました。
息子「え!41歳? 今のお母さんよりだいぶ若いやん!ほんで成人式って?」
私「ほんまやな〜今のお母さんより若いなぁ。
おばあちゃんな、お母さんが音大入った半年後に倒れて、その時に助かる可能性は低い!て言われてんけど一命はとりとめてん。
それからリハビリ頑張って、約一年後には何もなかったように帰宅できてん。だから冗談で「おばけちゃう?」て言われたこともあってん ^^; 結果的には、また倒れたけどおばあちゃんが普通に生活出来たわずかな間に成人式があってん。
もちろん、白鳥(羽曳野市)に成人式の写真を取りに行ったで。(*^^*)祖母の家にも挨拶に行ってな〜
親戚の人が『ほんま、お母さん奇跡やな〜あんたの成人式楽しみにしてはったし、この日に一緒に写真も撮れて良かったなぁ』て言ってくれはってん。
それから、また倒れたりして寝たきりなって、おばあちゃんが亡くなって遺影をどれにする?て悩んだ時、親戚の人が『成人式の時の あのええ顔した写真あるやん』と言ってくれて、全員うなずいてん。ほんでな、その写真出して皆で見てさ〜
『あなたのお母さんが元気やったのは この時期だけやったもんな〜成人式を見届け、写真撮るためにお母さん頑張った感じするわ。あの時は幻やったんかなぁ』て…そんな話をしたり」
と、息子に 目の前にある亡母の写真の思い出話をしてました。
私のピアノは、母の親馬鹿からはじまったので親バカに感謝しています。^^;
小さな小さなアパートで暮らしていたときに、おもちゃのピアノでチューリップを弾いた私を見て
「天才\(^o^)/すごーい
お父さんもお母さんもピアノのピも知らないのにスゴイ!」と言ってくれたことが、はじまりでした。
長らく、紙の鍵盤で練習していました。鍵盤が書いてある紙の上で指を動かしている私を不憫に思ってか、親戚からつぶれたオルガンがまわってきました。ところどころ音が鳴らないのですが、
【鍵盤が下がる\(^o^)/】それだけで嬉しかった私(^^;;。だって、紙に書かれた鍵盤は下がりませんからね(笑)
いくつか音が鳴らないから、聞いていても何の曲か分かりにくい感じだったと思います。場合によっては耳障りだった?かも(^^;;
だけど、母はいつもなにを弾いても「すごいな〜なんでバラバラに指動くん?天才やな」と
いつも褒めてくれていました。
親がピアノのピも知らないのが幸いしてか、何の注意をされることもなく、なにを弾いても、なにをやっても「すごいな〜すごいな〜」と言い続けてくれていました。
練習しない日が続いても特に何も言わず、「あんな小さい時にチューリップを弾いたあなたは天才!天才でもいろんな時あるよ(笑)無理しないで しんどくない程度に ぼちぼち続けてたらいいんちゃう〜」というようなことは、言ってくれていました。
お月謝を気にし始めた私に、母は「辞めるのは一番簡単な選択やとお母さんは思う。お月謝がもったいないとか教育費を惜しんでたら、才能も開花しないかもな〜てお母さんは思うねん。だからお母さんは、教育費は もったいないなんて思わへんねん。教育費は可能性費やと思ってるから。お母さんは、“子どもにお金の心配されるのが一番辛いかも ^笑^;」と言ってくれていました。
当時の状況でそんなふうに言ってくれた母は、なんて偉大なんだろうと、自分が親になった今
あらためて思っています。
(子どもながらに自分の家の経済状況は感じていましたので^^;)
『教育費は可能性費』
私の中では、母の名言になっています(#^.^#)
★あせらなくていい ゆっくりでもいい(私はまさにウサギと亀で言うと亀タイプでした)
★続けることが夢につながる
★続ける努力は最大の才能
★続けられるように親は、いかなる時も応援 支援してあげる
★親バカの力
など母の姿を見て教わったことは沢山ありますが、ピアノを続けられたこと 子育てを穏やかに出来ているのは、亡母のおかげだといつも思いながらお仏壇に手をあわせています。