2012.11.02
今日のレッスンは、
朝から一時間♪を先ほど終え、
後は 夜のみです。
今日は、またまた これから
手術(//∇//)
もう何回目やねん( ´Д`)y━・~~
と、関西弁で自分に突っ込みたくなる
今日で、ほんとに終わりにしたい
(涙)
終わりにしたい!と言ったところで、判断は医師がするわけですが…
弱気になる時も正直あるけれど
自分で奮起しなければ!といつも思っています・・・
本音をつぶやくと、
“病と向き合い辛く苦しみ悩んでいます” ( ←うわぁ言っちゃった)
だけど、
病と向き合っているからこそ
命に感謝 周りの方に感謝
感謝の気持ちを社会に少しでも還元できればと思う気持ちから
ボランティアなどをさせていただけること
レッスンを通して頼っていただけることに
『感じる使命』があります。
どんな辛いことでも 後で
「そうなんだ~だからこんな体験をしたんだ」て分かる時が来るもの
それは、今までの経験から知り得たこと…
亡母の介護もそうでした。
母が倒れたのは、私が19歳の時、
お友達に誘われても遊びに行けなくなりました。大好きなコンサートにも行けなくなりました。介護に家事、食事の準備などをやらなければいけなくなった毎日、生活は一変しました。
まだまだ若過ぎた私は、
介護に疲れた時、正直 複雑な気持ちに襲われました。
だけど、その介護で学んだことが
後々 息子を救ってくれることになったのです。(当時は そんなことは知る余地もなく)
息子が仮死で生まれリハビリ生活が続いてた時は、またまた複雑な気持ちに襲われ、
「自分ばかりが不幸」と卑屈になってた時期もありました。
“ いろんな事があるのは意味があってのこと”
なんて考える余裕は全くありませんでした。
母の死は、「医療とは 福祉とは」を考えさせてくれるものでした。
母の介護と死で、医療について
病院について 福祉について
衝撃な事を体験し、
そこで感じたこと学んだことが、私の信念となりました。
母を信じ自分を信じた私は、息子に対して独自の取り組み(リハビリ)をしました。
母の体験がなければ、息子に対しての取り組みも出来なかったであろうことは多く、
まさに障害を乗り越えられたのは
長年の母の介護があったからだと思えるようになりました。
いろんな取り組みをして、いろんな勉強が出来たのは 亡母と息子の
おかげ
なにもなければ、今の私は いませんし、
観察力やレッスンの進め方も違っていたと思います。
今、微力ながらも みなさんの相談に のらせてもらったりお手伝いさせていただけるのは、経験があってのこと
20年以上の苦労は、
今この為にあった!と強く思えるようになりました。
苦労は、私に
★様々な気付きを与えてくれた★と思えるようになり、
その意味を見い出せ 使命を感じるようになったから(#^.^#)
だから、今
目の前で起こること
辛いことも、
後々になると今よりもっと
意味や使命が明確に感じる時が
くると信じています。
今の辛さは
必ず役に立つ時が来る!!
と思い、今日も、
あせらず力まず頑張りすぎず?!を胸に
希望を捨てず、手術に今から行ってきます(笑)