2012.05.07
これほど、立て続けに演奏会に行くことが出来たのは久しぶりです。
偶然、行ける日が重なったので
足を運ぶことが出来たのですが、
“偶然は必然”という言葉があるように、 本当に
“必然だったんだなぁ”と
感じることがありました。
どの学校も、それぞれに色があり
一生懸命練習したんだろうなぁと
感じられる演奏会で、
胸が熱くなったり、涙が出たり
そして、楽しませていただきました。(^▽^)
学校によって、日によって、お客さんの層によって、
こんなに空気が変わるんだなぁと そんなことも感じながら演奏を聴かせていただきました。♬
雰囲気は、みなさんそれぞれ違いますが、
いや〜若いっていいですね〜^^;
演奏に“青春”を感じました。
これは、音楽に限らず
どんなことにもいえますが、
一生懸命打ち込んでいる子ども達を見ると、
清々しい気持ちになれます。(^O^)
熱意や気迫を感じる時もありますし、ひたむきな姿に 見ているだけで涙がこぼれる時もあります。
学校の横を通り、一生懸命やっている姿を見るだけで泣いてしまったり…^^;
「ここで泣くか?笑」と、よく言われるほど、私は涙もろいんです。
感受性が鋭い?と言われたりもしますが、自分の中では、
“涙が物語る”
“涙がバロメーター“になっていると思えるようになりました。
頭で感じることと心で感じることは違うと思います。
どんなことも、その筋の人は
「あそこは、もう少し ○○するべき」「○○になっているか○○になった」というふうに、
専門的なことが分かるだけに、
分析した感想になることが多いと思いますが、
それは頭が感じたことではないのかな?と私は思うのです。
逆に、
「うまく言えないけど鳥肌が立った」
「なんか分かんないけど、すごく感動した」
「専門的なことはわからないけど、こんな感じは初めて」など
これらの感想は、頭でなく心と体で感じたことだと思うのです。
なにも感銘がなければ涙も出ないと感じた私は、
『涙は正直』だと思うようになったのです。
小さいころから泣き虫とよく言われました。^^;
叱られて泣くというよりは、
辛くて泣く!悔しくて泣く!嬉しくて泣く!という感じで、
叱られたことに涙が出るのではなく、うまく伝えられなくて悲しくなったり、
練習してもしても出来ないことが悔しくて泣いていました。
そして、“嬉し涙”もよく流した子どもでした。
泣き虫の意味は、いくつかあるにしても『よく泣く』というのは事実^^;
ある時から、よく涙が出ることが恥ずかしくなり、嫌にもなり
ある意味 コンプレックスになってしまい
泣かないように泣かないように
していた時期がありました。
これは自然体ではなく頭でコントロールしていたわけです。
『そんなん本当の自分と
ちゃうやん』て、分かったのは
何年も経ってからでした。
頭でコントロールすると、
•感受性を鈍らす
•本来 備わっている直感力を衰えさすことにもなる
•固定概念に縛られて視野も狭くなる
•理屈が先行して物事の本質を見失うこともある
と経験と学びの中で感じたのです。
もともと 私は、いろいろ考えこんでしまうタイプ o(≧▽≦;)o
何人かの恩師から
「そうよ〜あなたは ただでさえ考えすぎるところがあるのだから、直感を信じてちょうど良いくらいだわぁ」
とお言葉をいただいたことも^^;…
確かに、考えて考えて考えすぎた結果が 良くなかった(//∇//)という体験も多々ありました。
動物って、天災の前には いつもと行動が違ったりしますよね。それはなにかを察知しているから…
人間も、もともとは動物
その力が備わっているそうです。
感じたことを頭で否定するのでなく
心で感じたことを頭で受け止めたら良い
と思えるようになりました。
だから、今は 涙が出る時は、涙を流します。
頭より正直な涙
涙が流れたら、私は感じている証拠
感銘している証
涙が止まらない時は、
すごく感動したということ
“自分の涙が自分に教えてくれている” と感じています。
そんな 涙が止まらない 吹奏楽演奏会を先日体験させていただきました。
(つづく)