2012.05.05
(さきほどのトピックスの予告通り、こちらを先にアップします^^;)
今日は、子どもの日
(何回もすみません^^;)
新聞で、特集記事もありましたが、子育て支援で言われているお話なども まとめて書かせていただきます。
子どもの健やかな成長には
親や家族らの愛情と世話が欠かせません。
しかし、それらに恵まれない子どもがあまりにも多く、
把握されている虐待だけでも
年々増えていますが、これは氷山の一角にすぎません。
虐待=暴力 と思われる方は多いと思いますが、虐待には四つの定義があります。
一つは、身体的虐待で、暴力はもちろんですが、
食事を与えない、閉じ込める、外に出すなどもこれにあてはまります。
二つ目は、この場ではあえて触れません。
三つ目は、ネグレクト(育児放棄、監護放棄)
長時間の放置や、病院を受診しないなどもこれにあてはまります。
四つ目は、心理的虐待
これが意外に知られていないのですが、
児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
児童が傷つくことを言う、嫌がることをする、一方的な恫喝、無視や拒否なども、これにあてはまります。
虐待していた親の大半が言う言葉
「しつけをしただけ。しつけだと思った」と。
確かに、注意するべきことは叱らないといけないし、四つ目については基準が難しく 表にも出てきにくいことです。
また、全国で所在が確認されていない子どもの数は1200人いるとも報道されています。
この数に、驚きと悲しみ 複雑な思いがあります。
家族内で子どもが被害を受ける背景には、さまざまな要因があるにしても「家族の崩壊」が進んでいることは確か…
日本は、子宝という言葉に象徴されるように、子どもを宝物として大切に育てるのが伝統的な家族の姿だったと言われてきました。
日本は子どもの天国
と、評した外国人もいたほどだそうです。
しかし、価値観の多様化、プライバシー侵害など 個人を尊重する中で、希薄化したものがあり、
そこから問題も生じてくるようになったと言われるようになりました。
昭和26年5月5日に制定された児童憲章
「児童は、よい環境の中で育てられるべきだ」としています。
食糧事情など貧しかった当時と比べ、今は衣食住は豊かになりましたが、家族の絆という視点では
子どもにとって良い環境が確保されているかは疑問視されています。
震災後、
日本中の人、世界中の人が、家族の大切さに 改めて目をむけました。
家族は、人間関係と日常生活の最も基盤的な単位であります。
生まれた瞬間から一人で生活できる人間はいません。
少なくても集団生活に入るまでは、一日ほとんどの時間を家族と共に生活するわけですから
その繋がりを抜きにした家族の幸せ(人間関係)などは考えられません。
自分以外の人を認識するのは家族からはじまります。そのはじまりに良くない環境があったなら…
… … …
これは児童発達心理学でも強く言われる時代になってきました。
新聞の「子ども日」特集の文末には、こんな言葉がありました。
今日は、こどもの日
こどもを育てる過程で、家族の絆が形成されていくことを再認識するような一日としたい。 と…