2011.01.20
中2の息子の担任の先生が、クラス懇談会でとりあげてくださった、
内田樹の「下流志向」という本から。以下引用です。
~音楽を聴いて、リズムやメロディを味わうことができるのは、「もう聞こえなくなった楽音」がまだ残響していて、「まだ聞こえない楽音」の予感がするからです。今この瞬間に聞こえる楽音だけでは音楽は成立しない。過去の音がいまだ過ぎ去らず、未来の音がすでに予感的に到来している、そういうダイナミックナプロセスの中にあるときしか音楽が音楽にならない。だから音楽を聴くということは「学び」の基本のひとつになっていると思うんです。孔子は「君子の六芸」として、礼、楽、射、御、書、数を挙げていますけれど、どうして音楽の鑑賞がそれほど重要とされたのか。~私ごときが先賢に何か付け加えるというのはずうずうしいのですけれど、音楽を聴くというのは時間のダイナミズムの中でのふるまい方を学ぶことではないかと私は思うのです。~六芸の一つに「楽」が掲げられているというのは、「時間意識を持つこと」、「人間は時間の中の存在であると知ること」が知性の基礎だということを古代の聖賢は熟知していたからではないでしょうか。~
音楽は「学び」の基本の一つ
音楽を聴くことは、時間のダイナミズムの中でふるまい方を学ぶこと
なるほど・・・