2016.03.28
3月25日の朝日新聞天声人語です。
卒業、入学シーズンにあわせてか、親離れ子離れの記事でした。
幼児用のリードができたことや、携帯電話を持たせたことでのGPS機能のことに触れ、我が子の成長を待ち望むのは今も昔も変わらないが、時代の流れで「見守り」から「監視」になっているような傾向もある、と記されていました。
確かに心配はつきない。心配するのも親の仕事だけれども、心配の仕方と接し方は本当に永遠の課題かな、と感じています。自分もそうだし、それに悩む生徒さんの保護者さまの気持ちもわかります。
実は昨日の夕飯、支度をしたにもかかわらずみんな、いらない、となりました。娘、塾の後で先日まで喉風邪。息子、野球の後でかなり疲労。それなのに外食するの?等などとやかましく言いそうになったけれど、私を留めた二言がその天声人語にありました。
親御さんには、つい差し伸べたくなる手を、もう片方の手でそっと押さえる覚悟が要るときかもしれない。
親子の距離は永遠の難問だが、広がる距離は自立の証ととらえたい。
この〆の二文。
きっとまた、忘れてやかましく言う時も出るかもしれないと思い、久々に切り抜いて手帳に貼ることにしました。
1人夕飯を楽しむ時間が増えた、そう捉えようと思いました。でも、そうこうしていたら夕飯を食べに出たのに、出先でも食べたのに帰宅して普通にカレーを食べた息子がいます。広がった距離を私だけが勝手に縮めていました。
きっと、こんな繰り返しで親子関係はずっと続くのでしょうね。生徒さんの保護者さまに、子育て経験偉そうに話す私にも、こんな葛藤や矛盾あるんですよ!実は。