2015.11.27
「きれい」な音と「汚い」音と言ったら、もちろん前者が良いのは当然。
でも、なかなかその「きれい」は難しい。昨日も大人の生徒さんと、そんな話をしていた。きっと、どんなきれいか、をイメージしないとそれは難しいのかも。
曲名、作曲家の特色、時代背景、そういうものも加味した上でになるのかと。
さて、その「きれい」を表現する音だけれど、どんな「きれい」なのかよく話す。そうした時に、同じ「◯◯い」、という形容詞でも感覚が違うと難しいということにも最近気がついた。
明るい
暗い
眩しい
などの目で感じる形容詞は、なんとなく話をしたりしてもイメージに結びやすいみたい。
悲しい
嬉しい
寂しい
楽しい
愛おしい
心で感じる形容詞も、人それぞれ経験は違うにしても、やはり通じるし伝わる様子。
温かい
冷たい
鋭い
柔らかい
厚い
などの触って感じる形容詞、これの音がなかなか難しいことを最近とみに感じる。
それらを感じるのが、自分の手だとしてもその感じたような音を出すとなると、「柔らかい」音を求めて極端に浮いたり、「厚い」音を求めて妙に大きすぎたり。この加減が本当に難しい。でも、この加減が出来た時はとても嬉しい。
「きれい」な音の先に、どんなイメージの形容詞があるのか。難しいけれどこれからも私はそれらを伝えていきたいし、伝えられるような指導をしたい、と感じています。
☆誕生日の樹☆
今日、お誕生日の生徒さんの樹はシラタマツバキです。