2015.09.11
今日は私の妹の誕生日。
そこで、妹とピアノについて挙げてみようと思います。もしかしたら、保護者さまご自身や、お子さんとリンクする内容かもしれません。
妹は3つ違い。
母は、姉妹同じことをしたほうが良いだろうと、6歳6月6日という芸事には縁起が良いとされている日から、私と同じピアノの先生のところに通わせました。
記憶の中では一緒に通った思いはなく、別々の時間だったかと。
さて妹は私と違うテキストでスタート。なんとなくそれが、私には新鮮でした。しかし妹はいつの日からか
「なんでお姉ちゃん、ちゃんと練習するんだろう」
と苦痛の道に入ります。それでも、小学生の間はなんとか続き、先生がご結婚で辞めるとき妹はこれ幸い!と、やめられました。
決して母も先生も比較はしていませんでしたが、今で言うところのタイプに合わないテキストとかそういうことだったのでしょうか。とにかく苦痛だったようです。
その後、親戚の叔母に遊びに行くついでにピアノを教わって、視点が変わったこともありまして、少しは弾いていたようです。が、合唱コンクールの伴奏は大きな顔で引き受けてきて帰宅すると
「お姉ちゃん〜〜〜〜ヘルプ❕」
と、私が弾くのを聞いて、また手の位置を見て覚えてそこそこやってしまいます。
体育大学に進学し、そこでも音楽の授業はあり好成績。現在体育の教員をしていますが、教職員の一発芸?みたいなときにピアノを披露すると
「え〜体育の◯◯先生が⁉︎」
と、注目の的。限られたレパートリーですが、派手な曲やジャズがレパートリーなので美味しいところをつかめます。
ピアノの先生がピアノを弾くのは当たり前ですが、体育の先生がピアノを弾いたら注目ですよね。
本人はどう思っているかわかりませんが、今こういう風にピアノが使えるのは苦痛でも細々でも嫌々でも小学校のうち基礎をやったからだと思うのです。
そのまま私は続けていたので、音楽が流れていた環境も一理あるかもしれませんが、やはり続けていたこと、は大きいのかな、と。
伸びしろがいつかわからない、とはこのことです。ピアノを弾くということが、どんなに積み重ねが必要か、また将来にプラスになるか。プロやその道に進まなくても音楽は何か助けてくれる。そういうものだと思います。
文化祭前で、バタバタしている妹にエールを送ります。文化祭にはピアノの出番はないのかな?
☆誕生日の樹☆
今日、お誕生日の生徒さんは2人います。誕生日の樹はクリ(栗)です。