2013.09.02
皆さんも日常の何気ないことに、悔しい思いをすることはありますよね?
あとちょっとのところで、バスに乗れなかった・・・
最後の1個、大事にとっておいたケーキを食べられてしまった・・・
あと1点取れていたら、百点だった・・・
等々。1日に何度もそんな思いをしたりすることもあるかもしれませんね。
でも、その小さいことは「別に〜」と流せたり、あえて流しているつもりはなくても普通にスルーしていることも多々。しかし、スルー出来ない、出来にくい・・・悔しい思いも日常の中にはあると思います。そんなこと、ありますか?
実は昨日、息子の試合がそうでした。区の大会。1点差で宿敵に負けました。前回はここに勝っています。が、たかはくくってはいませんでした。少年野球のルールで最終回まで行かなくても1時間半経ったらその段階で、ゲーム終了になるのです。6対5までつめより、よしあと1イニング!と思っていたら、主審の
「集合!」
の声。そう・・・もう残り時間は3分しかなくてその場で試合は終了。息子達は負けたのでした。
終わった後の子供達は
「こことまたすぐ試合をしたい」
という言葉が口々に。それだけ久々に悔しかったのだと思います。1人の力ではどうにも出来ない野球。それだけに悔しさの度合いは違うと思うのですが、これがバネになることは間違いないのです!!
さて、ピアノでも先日の発表会で1人の男の子がアンケートに
「ファとソを間違えたのが悔しかった」
と記載。もう悔しくてその後、何回も家では弾いてそれはうまく行ったそうです。その当日の1音のミスで、「もうピアノやらない」とまで思い込んだとか。それだけ真剣に取り組んだ証拠だよ、とレッスンでは話したのですが・・・本当に小さいながら真剣に1人で取り組み、確かに当日もかなり緊張していたようには思えましたが、ここまで心に残っているのか・・・と、彼のハートに驚いています。
「間違えたっていいし、間違えて弾けてもピアノって言うのは満点はないし・・・」
と、良く生徒さんには話すのですけどね。
彼にとっての悔しい、が今後のピアノのバネになると良いな・・・と思っています。
バネになるか、トラウマになるか、悔しい思いのその先が大事ですね。自分なりの努力の結果・・・ですが、集団ならばみんなの力も必要。芸術はそこに感性もプラスされるし、好みは違うし。点数には表れない、表せられない世界の難しさをここ数日で感じました。
さて、今日からみんな学校に幼稚園ですね!元気に行きましょう!!